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「わかりやすさ」は単純化ではない:ビジネス映像プロデューサーの視点

更新日:6月13日

鼻マスクに見るコミュニケーションの本質


今朝のニュースで報じられていた「鼻マスク」の話題は、私たち映像制作者にとって、まさにコミュニケーションの本質を問いかけるものでした。マスクが飛沫拡散を防ぐという機能は、スーパーコンピュータのシミュレーション映像によって可視化され、多くの人がその効果を認識しています。しかし、鼻を出したままマスクをする行為は、その効果を完全に損ねてしまいます。この状況は、情報が正しく伝わり、理解されることの難しさ、そして誤った理解がいかに無意味な行為に繋がるかを端的に示していると言えるでしょう。



映像制作者の思考様式:情報を「可視化」する習性


私たちが手掛けるBtoB映像制作は、企業や組織の広報、宣伝、教育といった目的のために、映像というメディアを通じてコミュニケーションを支援する仕事です。この仕事に携わる者、特に脚本家や演出家は、日常的に言葉や文章、単語といった情報をリアルタイムに画像や映像へと変換する思考習性を持っています。

例えば、講演者が複数の事物の例とその特徴を語る際、私たちはそれぞれの事物をアイコンとして捉え、特徴に基づいてA、B、Cといったグループに分類します。時にはAとB、あるいはBとCといった複合的な関係性を見出し、その集合概念図を脳裏に描き出します。これは、複雑な情報を整理し、視覚的に構造化することで、受け手が直感的に理解できるよう努める、私たちに備わった思考プロセスなのです。



「病床利用率」が示す「わかりやすさ」の落とし穴


「医療崩壊」が叫ばれる中で、新型コロナウイルス感染症の重症患者のための病床逼迫度を示す指標として「病床利用率」が報道されています。しかし、この「70%」という数字を聞いて、「まだ30%も空きがある」と誤解してしまう危険性を、私たちは看過できません。一般の方がこれを円グラフや棒グラフで想像すれば、3割の青い部分を見て「まだ余裕がある」と感じてしまうかもしれません。映像が与える印象は、それほどまでに強いのです。

もし、この利用率の分母がわずか10床であったなら、残りの3床しか空いていないことになります。もし翌日に重症患者が4人増えれば、瞬く間に医療は崩壊してしまうでしょう。だからこそ、医療の逼迫度を正確に伝えるためには、単に病床利用率を提示するだけでなく、母数となる重症患者対応病床数1日の重症化患者数を合わせてグラフィック化し、視覚的に訴えかけることが不可欠だと考えます。それによって初めて、正しいコミュニケーションが成立するのです。



「わかりやすく」という名の「単純化」への警鐘


世間では、多くの人々が「わかりやすく伝えてほしい」と口を揃えます。しかし、私はこの「わかりやすい」という言葉の多くが、「ひとことで」とか「一文で」といった「単純化」の意味合いで使われていることに、強い危惧を抱いています。安易な「わかりやすさ」を追求することは、本質から外れるが故に、しかし確実に存在する事実を例外として切り捨て、置き去りにしてしまうからです。


事実は決して単純ではありません。複雑な事情をすべて網羅する「ひと言」など、この世に存在しません。私たち映像制作者に課された役割は、事実をできる限り網羅し、それを正しく伝えること、つまり映像化することだと認識しています。しかし、その結果が必ずしも「短く伝えられる」とは限らないことを、ご理解いただきたいのです。短く伝えようとすれば、必ず「置き去り」が発生します。そして、誰もが自分がその「置き去りにされる側」になり得るということを、認識しておくべきだと考えます。

シンプル複雑

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