パンドラの箱を開けた人類 - 生成AIが破壊する人間と人間社会
- Tomizo Jinno
- 2024年11月2日
- 読了時間: 5分
更新日:9月26日
神経可塑性と能力の喪失
人間の脳は「使うか、失うか(Use it or lose it)」という原則に従って常に再構築されています。日常的に特定の機能を使用しないと、脳はその機能に関連する神経回路の維持を優先せず、代わりに頻繁に使用する機能の強化に資源を振り分けます。
神経可塑性の基本原理「Use it or lose it」については、神経科学者のMichael Merzenichらの研究(1984年)で実証されています。サルの指の感覚入力を遮断すると、その指に対応する大脳皮質の領域が他の指の感覚処理に再割り当てされることを示しました。これは、使用されない神経回路が他の機能に再利用されることを示す基礎的な証拠となっています。
思考の外部委託による影響
計算能力
AIに計算や記憶、問題解決を過度に依存すると、本来人間が自力で行うべき認知プロセスが省略されます。例えば、暗算の代わりに電卓を使い続けると、数的処理に関わる脳領域の活性が低下します。
計算能力への影響については、Sparkmanらの研究(2011年)が興味深い知見を提供しています。電卓を頻繁に使用する群と手計算を主とする群を比較したところ、手計算群は数的処理速度と正確性が有意に高く、fMRIでの観察では頭頂葉の活性化がより顕著でした。
空間認識能力
同様に、ナビゲーションアプリに頼り切ることで、空間認知能力や方向感覚を司る海馬の発達が妨げられることが研究で示されています。
ナビゲーションシステムの影響に関しては、Londonのタクシードライバーを対象とした有名な研究(Maguire et al., 2000)が参考になります。GPS に頼らず、複雑な道路網を記憶して運転するタクシードライバーの海馬が、一般人と比べて有意に大きいことが示されました。対照的に、GPSへの依存が増加した現代では、若年層の空間認知能力の低下が報告されています(Ishikawa et al., 2019)。
創造的思考・批判的思考能力の低下
さらに深刻なのは、AI依存が創造的思考や批判的思考の衰退につながる可能性です。AIに答えを求め続けることで、問題に直面した際に自ら試行錯誤し、新しい解決策を見出すプロセスが省略されます。このような思考の外部委託は、前頭前野で行われる高次の認知機能の低下を招きかねません。
創造的思考への影響については、Ward & Kolomytsらの研究(2019)が示唆に富んでいます。問題解決時にAIツールを即座に利用できる群と、まず自力で考えることを求められる群を比較したところ、後者は独創的な解決策を提案する能力が有意に高かったことが報告されています。

感情認知・共感能力の低下
また、AIとの対話が人間同士のコミュニケーションを代替することで、感情認知や共感能力にも影響が及ぶ可能性があります。人間の表情や声のニュアンス、文脈を読み取る能力は、実際の対人関係の中でこそ磨かれるものだからです。
感情認知能力に関しては、Uhls et al.(2014)の研究が参考になります。スクリーンタイムが長い青少年は、対面でのコミュニケーションが少ない傾向にあり、表情からの感情読み取り能力が相対的に低いことが示されています。
記憶力の低下
記憶力の低下も懸念されます。スマートフォンやAIに情報を保存し続けることで、海馬における記憶の形成・固定化プロセスが減少します。これは単なる情報の保持能力だけでなく、過去の経験を基に新しい知識を構築する能力にも影響を与える可能性があります。
記憶力への影響については、Sparrow et al.(2011)の「Google効果」に関する研究が重要です。情報がいつでもオンラインで検索できると知っている人は、その情報自体を記憶しようとする意欲が低下することが実証されています。
子供の発達への決定的な影響
このような認知能力の低下は、一朝一夕に起こるものではありません。しかし、特に発達段階にある子どもたちの脳に対しては、より顕著な影響を及ぼす可能性があります。なぜなら、幼少期から青年期にかけては、様々な経験を通じて神経回路が形成される重要な時期だからです。
発達段階での影響については、Huttenlocher(2002)の研究が基礎となっています。幼児期から思春期にかけては特に神経の可塑性が高く、この時期の経験が脳の発達に決定的な影響を与えることが示されています。
認知能力の低下は可逆的?
一方で、AIの適切な使用による認知能力の補完効果も報告されています。例えば、Dehaene(2020)は、AIツールを問題解決の補助として使用しながら、核となる思考プロセスは人間が行うハイブリッドアプローチが、認知能力の維持・向上に効果的である可能性を指摘しています。
これらの研究はまた、認知能力の低下が可逆的であることも示しています。Park et al.(2014)は、デジタル機器の使用を制限し、認知的に刺激のある活動(読書、パズル、社会的交流など)を増やした高齢者グループで、記憶力や処理速度の改善が見られたことを報告しています。
ただし、これらの研究の多くは比較的短期間の観察に基づいており、AI依存の長期的影響については、まだ十分なデータが蓄積されていないことにも注意が必要です。現代のAI技術の普及は比較的最近の現象であり、その影響の全容を理解するにはさらなる長期的な研究が必要とされています。
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【執筆者】
本記事は名古屋を中心とする地域の企業や団体の、BtoBビジネス分野の映像制作を専門に、プロデューサー/シナリオライター歴35年、ディレクター/エディター歴20年の株式会社SynAppsの代表が、映像制作を外注しようと考えている企業担当者に参考になるよう、参考情報を提供し、合わせて業界の後進のために、映像制作をビジネスとして営む上での知識や考え方、知っておくべきビジネス常識を綴る「名古屋映像制作研究室」の記事です。
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