ビジネスとしての映像制作で現時点で生成AIにできること、できないこと【2025年8月】
- Tomizo Jinno
- 8月15日
- 読了時間: 10分
更新日:9月26日
いま私たちの社会は、生成AIという大波の頂に乗ってサーフィングしている状態です。新聞の経済面を見ればAIの文字が見られない日はありません。頂から降り始める時は来るのでしょうか。
現在生成AIは、文章作成、作曲、そして映像制作に至るまで、これまで人間が担ってきたクリエイティブな領域に急速に浸透し、その可能性は日々拡大しています。
私たち映像制作の現場にも、この新しい技術に大きな期待が寄せられる一方で、「本当にビジネスの現場で使えるのか」という戸惑いや疑問の声が、内外から聞かれます。
企業のメッセージを的確に伝え、社会での信頼を醸成することが求められる、BtoBのPR映像制作に携わるプロフェッショナルの視点から、現時点における生成AIの能力を冷静に見極め、その可能性と課題、そして私たち制作者がどのように向き合っていくべきかを考察します。
1 生成AIの基本特性と「正確な再現」の壁
生成AIの活用を考える前に、その基本的な特性を理解しておく必要があります。
現在の画像・映像生成AIは、インターネット上に存在する膨大なデータを学習し、その統計的なパターンから「おそらくこうだろう」という確率論的な推測によってビジュアルを生成します。
重要なのは、AIは現実の物体をカメラや3Dスキャナーのように「計測」しているわけではないという点です。主流のAIモデルは、学習データとして膨大な数の「2次元の映像」を利用しています。そのため、AIは「赤いスポーツカー」という言葉と、それに関連付けられた無数の映像ピクセルのパターンを結びつけて学習し、「それらしい」映像を出力することはできます。しかし、そのスポーツカーの3次元的な構造や、素材が持つ固有の質感を正確に理解しているわけではありません。
この「正確な再現性の欠如」こそが、BtoBのPR映像、特に製品プロモーションにおいて、生成AIの直接的な活用を困難にしている大きな理由です。企業の信頼は、製品の品質や性能といった「事実」に基づいています。その事実を伝えるための映像に、たとえわずかであっても事実と異なる情報が混入することは、企業の信頼性を損なうことにつながります。

2 現状における生成AIの活用が困難な領域
AIのこの基本特性を踏まえると、BtoB映像制作の現場において、現時点での活用が極めて難しい領域が明確になります。それは、一貫して「事実の正確性」と「信頼性」が価値を持つ領域です。
まず挙げられるのが、「商品・サービス紹介映像」です。
精密な機構を持つ工業製品や、UI(ユーザーインターフェース)の表示が不可欠なソフトウェアの紹介では、AIによる生成物は顧客に誤解を与える可能性があります。
現状では、特定商品のCADデータや3DスキャンデータをAIに直接読み込ませ、その商品をプロンプト指示で自由に動かすような、手軽な商用サービスは確立されていません。NeRF (Neural Radiance Fields) のような、写真から3D空間を再構築する技術は進化していますが、それを汎用的な動画生成AIに組み込み、意図通りに動かすにはまだ技術的なハードルが存在します。そのため、製品を正確に見せる必要がある場面では、従来通り実写撮影や精密な3DCGを用いるのが適切です。

同様に、企業の「事実」を伝える「企業紹介やブランディング映像」、顧客との信頼関係が基盤となる「導入事例映像」、そして安全や正確な操作が求められる「マニュアル・トレーニング映像」においても、AIが生成した不確かなビジュアルを用いることは避けるべきです。
3 生成AIが可能性を拓く領域
一方で、生成AIはその特性を正しく理解し、適材適所で活用すれば、これまでにないクリエイティブな表現を可能にし、制作プロセスを効率化します。
生成AIが特に能力を発揮するのは、「コンセプト映像・ビジョンムービー」の領域です。まだ形になっていない未来のサービスや、企業の哲学といった抽象的な概念を可視化する上で、AIは低コストかつ迅速に多彩なイメージを描き出せます。

また、映像の主役ではなく、「背景や演出要素」として部分的に活用する方法も有効です。実写やCGで制作した主要な被写体と、AIが生成した背景を組み合わせる「ハイブリッド制作」により、コストを抑えながら映像の世界観を豊かにすることが可能です。
さらに、企画やプリプロダクションの段階で、「絵コンテ」や「ビデオコンテ」を迅速に作成するツールとしても役立ちます。クライアントとの初期段階でのイメージ共有を円滑にし、合意形成をスムーズにすることで、プロジェクト全体の質を高めることに貢献します。
4 最大の課題「ジェネリシティ」とプロフェッショナルの価値
前章で挙げた「使えるジャンル」においても、避けて通れない本質的な課題が存在します。それは、生成AIが作り出す映像は、そのままだと没個性的で「どこの会社の動画としても使えてしまう」という、いわゆる「ジェネリック(汎用的)」なものになりがちであるという点です。
これは、多くのAIがインターネット上の膨大なパブリックデータという「共通の教科書」で学んでいることに起因します。その結果、多くの人が思い浮かべるような、最大公約数的なビジュアルが出力されやすくなります。ここに、企業の独自の哲学、歴史、ブランドカラーといった「魂」を込めることは、AI単体ではできません。

この「ジェネリック問題」を克服し、映像に企業らしさを与えることこそ、プロの映像制作者が果たすべき役割です。具体的には、以下の3つに集約されます。
4.1 コンセプトを反映したプロンプト設計
企業のブランドアイデンティティや映像の目的を深く理解し、それを具体的な映像言語に翻訳してプロンプトに落とし込むことが重要です。単に「先進的なオフィス」と指示するのではなく、「当社の透明性を象徴するガラスを多用し、日本の伝統的な木工技術のディテールを取り入れた、サステナブルな未来のワークプレイス」のように、企業の哲学を反映した詳細な指示を与えることで、AIの出力はよりユニークになります。
4.2 AIと実写/CGを組み合わせるハイブリッド制作
映像のすべてをAIに任せるのではなく、AIが得意な抽象的イメージと、従来手法で制作した固有の製品や人物を戦略的に組み合わせます。何をAIに任せ、何を人間が創るかという構成力そのものが、ディレクターの腕の見せ所となります。
4.3 ポストプロダクションによる価値の注入
AIが生み出した映像は、あくまで「素材」です。その素材を、編集、VFX、音響効果、音楽、そしてモーショングラフィックスといったポストプロダクションの工程で仕上げることで、初めて企業の映像として完成します。編集のリズム、ブランドの世界観を統一する色彩、視聴者の感情を揺さぶる音楽、メッセージを補強するグラフィックなど、制作者の感性と技術が、ジェネリックな素材にユニークな価値を与えます。
5 結論
5.1 生成AIにできること
一言で言えば、「ゼロから1のアイデアを可視化すること」と「"非固有名詞"のビジュアル素材を生成すること」です。
5.1.1 企画・プリプロ段階でのアイデア出しとイメージ共有
これが現時点で最も実用的な使い方です。「未来感」「サステナブル」「DXによる変革」といった抽象的なコンセプトを、テキストから瞬時に映像化できます。これにより、クライアントとの企画会議で具体的なイメージを共有し、認識のズレをなくすための「動く絵コンテ(ビデオコンテ)」として絶大な効果を発揮します。制作サイドにとっても、複数の演出パターンを低コストで試せるのは大きな利点です。
5.1.2 背景やテクスチャなど「脇役」の生成
実写ではコストがかかる、あるいは物理的に撮影不可能な背景(未来都市、架空の風景、宇宙空間など)を生成できます。また、モーショングラフィックスの背景に敷く抽象的なテクスチャや、部分的なエフェクト素材を作るのにも向いています。あくまで主役(商品や人物)を引き立てるための「素材」としての活用です。
5.1.3 アイデアの壁打ち相手
ディレクターが一人で考えていると出てこないような、奇抜で意外性のあるビジュアルをAIは提示してくれます。そのほとんどは使えませんが、100案のうち1案でも面白いものがあれば、それが新しい表現の突破口になる可能性があります。
5.2 生成AIにできないこと
要するに、「"固有名詞"の正確な再現」と「映像としての一貫性の維持」。この2つが致命的です。
5.2.1 特定商品・ロゴ・人物の正確な再現
これが最大の障壁です。自社の特定製品の形状、ボタンの配置、UI画面、ブランドガイドラインに準拠したロゴや色味などを100%正確に再現することは不可能です。「それっぽい何か」にはなりますが、細部が必ず破綻しており、公式のPR映像としては信頼性を損なうため使えません。CEOの顔を正確に出し続けることもできません。
5.2.2 カットごとの一貫性の担保
たとえ架空の人物や世界観であっても、カットをまたいで同じ人物が同じ服を着ている、同じ空間が維持されている、といった一貫性を保つのが極めて困難です。シーンが展開する中で、キャラクターの顔が微妙に変わったり、背景のオブジェクトが変化したりします。これにより、ストーリーを語るナラティブな映像の制作は現状ほぼ不可能です。
5.2.3 論理的・物理的な整合性の維持
AIは世界の仕組みを理解していません。山頂を狙うカメラが水平に置かれていたり、物が不自然にめり込んだり、あり得ない影の落ち方をしたりします。一瞬のカットなら誤魔化せても、数秒見せると違和感が露呈します。BtoBで求められる「真実味」とは相容れません。
5.2.4 意図や文脈の深い理解
「クライアントの期待を超える、感動的な雰囲気で」といった抽象的なプロンプトでは、行間や感情のニュアンスをAIは理解できません。出力されるのは、あくまで過去のデータから学習したステレオタイプな表現の組み合わせです。演出の妙や、心を動かすための「間」は創り出せません。
生成AIは、映像制作において現状では「万能の自動化ツール」では全くありません。現状は、「アイデア出しと思考の補助ツール」であり、限定的な「ビジュアル素材ジェネレーター」です。
プロの仕事は、この気まぐれで不完全なツールをいかに「飼いならす」か、生成された素材の99%のガラクタから1%の宝石を見つけ出し、実写やCGといった信頼性の高い素材とどう組み合わせるか、という「目利き」と「編集・構成能力にシフトしていきます。
AIに最終アウトプットを任せるのは論外。それが現状です。
生成AIは、BtoB映像制作の現場にとって、得意なことと不得意なことが明確に分かれた、専門性の高い「新たな画材」です。
この画材の登場によって、映像クリエイターの仕事が奪われるわけではありません。むしろ、定型的な作業の一部をAIに任せることで、人間はより本質的な、企画の立案やクライアントとの対話、そしてブランドの魂を映像に吹き込むという、創造的な業務に一層集中できるようになります。
「ジェネリック」な映像が溢れる時代だからこそ、企業の個性を深く理解し、それを独自の映像表現へと昇華させるプロフェッショナルの価値は、相対的により高まっていくでしょう。この新しい画材をどう使いこなし、企業のメッセージをより豊かに、より深く伝えることができるのか。その問いに向き合い、挑戦し続けることこそが、これからの映像制作者に課せられた使命と言えます。
【執筆者】
本記事は名古屋を中心とする地域の企業や団体の、BtoBビジネス分野の映像制作を専門に、プロデューサー/シナリオライター歴35年、ディレクター/エディター歴20年の株式会社SynAppsの代表が、映像制作を外注しようと考えている企業担当者に参考になるよう、参考情報を提供し、合わせて業界の後進のために、映像制作をビジネスとして営む上での知識や考え方、知っておくべきビジネス常識を綴る「名古屋映像制作研究室」の記事です。
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