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テロップが小さい!と言われた時の、よくある対処法とその顛末

更新日:3 日前

昨日NHKの朝の連続ドラマ、通称「朝ドラ」の新シリーズ「ばけばけ」が始まりました。毎度ながら新シリーズが始まると、SNS上には喧しいほどに、老いも若きも意見、感想を投稿します。

さて、今回のシリーズに対する最大の悪評は、「タイトルシーケンス(タイトルバック)のスタッフのテロップ文字が小さすぎる」ことのようです。 ご多分に漏れず私も「ちっさ〜」と、同様の感想を持ちました。我が家はフルハイビジョン解像度の40インチテレビモニターを、リビングに置いて視聴していますが、2メートルの距離に近づいても識別不能でした。



ネットの投稿、掲示板には1/4くらいの比率で「スタッフクレジットなんて読んでいる人いるの?」とか「必要ならネットで検索すればわかるでしょ」という「小さくて読めないことに問題はない」という意見でした。大半の「小さすぎるから読める大きさに修正すべき」という意見は、やはり中高年齢層である印象でした。 


実はこの指摘には、本人すら気づいていないとても深刻な理由があります。今日は私を含めて、この朝ドラを視て「テロップが小さくて読めんのはいかん!」と考える人々の深層心理をお教えします。

「たかがテロップの大きさでなぜ騒ぐの?」という疑問を持つ人たちも、これを読んでその心情を理解していただけたら幸いです。



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テロップが読めん!問題は映像制作界普遍の課題


自らもBtoBのPR映像制作者である私も、クライアントや関係者から「テロップが小さすぎる!読めない!」という指摘を受けた経験は枚挙にいとまがありません。実は映像制作者が受けるこの指摘は、私たちにしてみれば毎度のことで、どの程度の大きさだと「テロップ文字が小さい!」「テロップが読めない!」と言われるのかということは、よくわかっています。つまり「確信犯」ということです。では、なぜわかっていても行うのか?

それは、テロップ文字を小さくしていることには理由があるからです。



テロップ文字を小さくする理由


1. 画面の構図バランスを良くするため

大きなテロップは構図の重心を崩し、せっかくの映像の構図を台無しにしてしまう。映像全体の調和を保つには、テロップは控えめなサイズに抑えるのが有効な場合がある。(逆にテロップを利用して構図の改良を図ることもあります。)


2. テロップが画面上の重要な映像要素を阻害しないため

商品、人物の表情、背景の重要なディテールなど、本来見せたい映像要素をテロップが覆い隠したり、テロップが視線を引き留めてしまっては残念だから。


3. テロップを「読ませる情報」ではなく、映像のトーンや時代性を表現するグラフィック要素としているため

大きなテロップは「わかりやすさ重視」のマスメディアで好まれますが、小さなテロップは洗練された、ミニマルな美学を表現し、映像派といわれる視聴者層にウケがいいから。


4. テロップ文字の情報が「入れなくてはならないので仕方なく入れている」ものだから

法的表記、注釈、クレジットなど、本質的には映像に不要だが規約上省略できない情報というものがあります。これらは「存在はしているが目立たない」という状態が理想的で、義務を果たすための最小限のサイズに留めます。必ずしも褒められた行為ではありませんが。


5. 視聴者の知的体験をコントロールするため

テロップを小さくすることで、視聴者に「読もうとする努力」を促し、受動的な視聴から能動的な関与へと誘導する。情報の階層性を視覚的に表現し、「すぐに読ませる情報」と「気づいた人だけが得る情報」を区別している場合。


6. 国際展開や多言語対応を見越して

小さめのテロップなら、後から他言語版を作る際にレイアウトの自由度が高く、文字数の違いにも対応しやすくなります。最初から多言語展開を想定した設計として、汎用性の高いテンプレートを作成している。


7. ブランドガイドラインとの整合性を保つため

企業のビジュアルアイデンティティが「シンプル」「洗練」を重視している場合、大きなテロップはブランドイメージと衝突します。ブランドの世界観を映像でも一貫して表現するための選択として。


8. 視聴環境の想定が異なるため

劇場やイベント会場などの大画面・高解像度での視聴を想定している場合があります。クライアントがそれを想定していないならば、目的の共有ができていないのでこれは問題です。


9. 映像の持続可能性・資産価値を高めるため

流行に左右されやすい大きなテロップは、数年後には古臭く見えることがあります。控えめなテロップはタイムレスなデザインとして、映像コンテンツの長期的な使用に耐えると考えている場合があります。



「テロップ文字は読めなくては意味がない」という先入観


識字能力がある人間は、そこに文字があるとわかればその文字を読み取りたいと、自然に考える動物かも知れません。ですから、そこの文字があるのに読み取れないという状態にストレスを感じる・・・ということは、十分に考えられます。まして、映像は作為的に作成されているわけですから、視聴者が制作者の意図を読み取りたいと思うのは、むしろ制作者に対する敬意でもあります。


ところで、BtoBのPR映像制作会社である我々に「テロップが小さい!」「テロップが読めない!」と指摘するのは、まず広告代理店のAE(アカウントエグゼクティブ・顧客担当営業)、次にクライアント企業の担当者です。多くの人に「テロップは読ませるために入れているはず」とう先入観があり、それが読めないことは映像の瑕疵であり、企業の責任者はこれを承認決済できないはずという忖度が働くようです。


さて、BtoB映像制作会社は意図的にもテロップを小さくしたわけですから、お客さんから「小さい!」という指摘に対して、なんら釈明も対応もしないという訳にはいきません。実際に我々は上記の1から9の理由を説明します。その顛末としてよくあることをご紹介しましょう。



映像制作者の言い訳と顛末


1. 画面の構図バランスを良くするため


正直に言って、この説明は難しいです。なぜならば、「構図バランス」という美意識は主観的なことですから、構図のことには目がいかず、テロップが小さいことを指摘した人に、「構図バランスが悪くなるから大きくしたくない」とは言いずらいものです。人格否定に近いことだからです。現実的には、ほんの少し大きくしたり、微妙にコントラストを上げたりして妥協点を見つけます。


2. テロップが画面上の重要な映像要素を阻害しないため


そのシーンやカットに必ずテロップを入れなくてはならないけれど、大きな文字ではどこに入れても被写体を隠してしまう、あるいはテロップ位置に縛りがある。この場合は「歩み寄り」余地が少ないため、迅速に「1.」と同様に、ほんの少し大きくしたり、微妙にコントラストを上げたりして納得してもらいます。


3. テロップを「読ませる情報」ではなく、映像のトーンや時代性を表現するグラフィック要素としているため


これは「1.」と同じくらい説明困難です。美的感覚に踏み込んだ討議は時に感情的なしこりを残すことになりかねません。この場合の作戦は、正面衝突は避け、担当責任者の感情に配慮しながら、多数派工作を試みます。担当者の同僚、上司、ご家族などの意見も聞いてみてもらえるようにし向けます。その結果「みなも同じ意見です」と言われたら、即座に撤退すべきです。クライアントの総意を無視していいわけがありません。テロップ文字を大きくするのではなく、いっそ「削除しましょう」という方向に持っていくなどして、映像世界ができるだけ美的に保たれる努力をします。


4. テロップ文字の情報が「入れなくてはならないので仕方なく入れている」ものだから


これが「小さい!」と指摘されたならば、それはこの映像の最終責任者であるクライアント企業からの要請ですから、素直に大きくするか、「これなら読める」「法的な問題がない」と言われるよう、フォントの変更や背景の加工などを行うしかありません。


5. 視聴者の知的体験をコントロールするため


この説明を聞いて納得してくれる企業担当者はいても、さらにその担当者が上司が納得するように説明できるかは難しい問題です。少し手間は掛かりますが、制作会社が推す編集と、指摘されたテロップを指摘通りに修正した編集を2通り見てもらって判断してもらうことがあります。勝敗は五分五分ですが、クライアントが「やっぱり大きくして」と言われるならば、素直に従います。


6. 国際展開や多言語対応を見越して


この理由は「リーズナブル」なことですから、丁寧に説明すれば理解いただけます。編集事例をいくつか作成して見てもらうのが効果的です。


7. ブランドガイドラインとの整合性を保つため


これは利害が一致していると言えますから、双方がフランクに話し合って落とし所を決めます。


8. 視聴環境の想定が異なるため


視聴環境の想定が共有されている場合は、その視聴環境における実際の見え方を、一緒に体験するのが確実です。その上で妥協点を探ります。視聴環境の想定が異なっている場合は、即座に軌道修正します。


9. 映像の持続可能性・資産価値を高めるため


これはクライアントの意向を優先する事項です。制作会社としては現時点での評価を優先することに問題はないからです。



テレビ番組やBtoCの映像コンテンツがBtoBとは異なること


BtoBのPR映像は、その呼び名のとおり(後ろの)Bをターゲットとして企画制作します。Bというのは「産業分類」でも分かる通り、途方もない数のニッチな分野に別れますので、そこに向けた映像コンテンツは、それぞれの業界別にパーソナライズして企画制作します。言い換えると、ナレーションやテロップはもちろん、映像手法、映像タッチそのものも、ターゲットに合わせて、ターゲットが理解しやすく、共感できるよう映像表現するのです。これを「映像プロトコルの選択」と言います。なぜ「選択」なのかと言えば・・・説明すると長くなりますので、これはまたの機会にします。


BtoBの映像コンテンツづくりはこの「映像プロトコルの選択」に最大限の力を注ぎます。クライアントが攻め落としたいターゲットに刺さる映像をつくるには、相手のことをとことん知り、相手が理解、共感しやすいプロトコルを採用するのが基本だからです。


さて、NHKの朝ドラは総合チャンネルのテレビ番組ですから、「BtoC」の映像コンテンツです。つまりオールターゲットに向けた番組です。簡単に言えば、誰もが共感する映像づくりが求められます。この時選択されるのは、基本的に「誰もが共感できるプロトコル」です。




「ばけばけ」テロップ問題をどう読み解くか?


では、NHKの朝ドラ「ばけばけ」のタイトルシーケンスにおいて、テロップ文字が小さすぎるという問題は、どう読み解けばいいのでしょう?目を向けるべきことは、「NHKの朝ドラのプロトコル」に関する認識です。今回、批判が集まったテロップ文字が小さいという意見は、まさに朝ドラのプロトコルを逸脱しているからに他なりません。


ただし、この朝ドラのプロトコルは誰が決めたものでもなく、長い歴史の経過の上で視聴者が勝手に思い込んできたものです。制作者も求められているプロトコルに沿って制作することが最も安全確実であることは言うまでもありません。しかし、多くの視聴者がこれまでと同様の朝ドラを求めている現状に対して、今回敢えてそのプロトコルを外したことが重要なポイントです。今回朝ドラのプロトコルはNHKが、現代のNHK視聴者に対する提案であると同時に、既存の視聴者の選別を進めたいという意向の表れと見るべきかも知れません。



プロトコルのターゲットから外された視聴者たち


BtoBのPR映像がパーソナライズを重視したプロトコルを採用するのは、その映像が限られた人たちに向けたメッセージであることを明示するためです。見方を替えれば、限られた人以外には向けていないというサインでもあります。つまり、今回の朝ドラ「ばけばけ」は、従来の朝ドラの視聴者層をいよいよ切り捨てた、と理解することができます。


ここに、冒頭で触れた「本人も気づいていないとても深刻な理由」があります。「テロップが小さくて読めない」という不満を表明する人々は、実は単なる視認性の問題を指摘しているのではありません。彼らは無意識のうちに、自分たちが制作者の想定するターゲットから外されたことを察知し、そのことに対する不安や怒りを表現しているのです。


長年にわたって朝ドラを視聴し、その世界観を共有してきた視聴者にとって、テロップの大きさという些細な変化は、実は「あなたたちはもうNHKの想定する視聴者ではなくなった」という排除のサインとして受け取られます。だからこそ、テロップの大きさという表面的な問題に対して、これほどまでに強い感情的な反応が生まれるのです。


映像制作の現場では、プロトコルの選択はターゲットの選択と同義です。テロップを大きく読みやすくすることは、従来の視聴者層への配慮であり、彼らを「仲間」として認識していることの証でもありました。逆に言えば、テロップを小さくし、洗練されたミニマルな表現を採用することは、「制作陣はもう別の視聴者を見ています」という宣言なのです。


「テロップが小さい!」という抗議は、したがって「私たちをないがしろにするな!」「私たちもまだここにいる!」という存在の主張であり、コミュニティからの排除に対する抵抗の叫びだと理解すべきでしょう。これは映像制作者として、真摯に受け止めなければならない視聴者の声です。


前々回の「おむすび」でも同様のチャレンジをして失敗しましたが、今回はどこまで成功するのか?中高年世代は新たなプロトコルを受け入れることができるのか?それとも、排除されたと感じる視聴者たちは静かに離れていくのか?NHKは本当にそれを望んでいるのか?乞うご期待。


【執筆者プロフィール】

株式会社SynApps 代表取締役/プロデューサー。名古屋を中心に、地域企業や団体のBtoB分野の映像制作を専門とする。プロデューサー/シナリオライターとして35年、ディレクター/エディターとして20年の実績を持つ。(2025年10月現在)

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