「モノ」しか信じない中部地方の病。インバウンド時代の名古屋に必要なPR戦略
- Tomizo Jinno

- 10月1日
- 読了時間: 6分
更新日:10月8日
インバウンドの潮流は「定着」へ
「爆買い」ブームの峠は越えたとはいえ、東京・銀座や渋谷のストリートを歩けば、その景色はもはや日常。為替変動や国際情勢のノイズがあっても、訪日外国人旅行者(インバウンド)の流れは単なるブームではなく、「定着フェーズ」に入ったと見るのが自然でしょう。
このトレンドは、旅の業界を超えて波及しています。これまで「国内向け」だった市場が、一斉に外国人旅行客を意識し始めた。結果、我々のような映像制作会社にも、「インバウンド向けに企業や地域をPRしたい」という相談が、これまで接点のなかった業界から舞い込みます。この新しいチャレンジの風は、映像プロデューサーとしては血が騒ぎます。
「魅力度ランキング最下位の街・名古屋」騒動のその後
ところで、我らが本拠地、愛知県名古屋市が数年前に「日本一魅力がない都市」の烙印を押され、市長が嘆いたという騒動がありました。あの頃は「最下位かよ!」と地元もザワついたものですが、私の正直な感想は一つ。「え、今さら?」でした。
最近の調査(地域ブランド調査など)では、順位はやや持ち直したものの、その「魅力のなさのイメージ」は都市のDNAのようにこびりついています。住みやすさや経済力で高い評価を得ても、「わざわざ旅したい街」という文脈で語られることを、なぜか名古屋は避けて通れない。なぜなのか?
答えは、物理的なモノや場所の有無ではなく、「ストーリーと物語の欠落」にあると私は考えます。お寺や名所、風光明媚な場所は確かにある。でも、それらにまつわる「ドラマ」や「文脈」がぜんぜん語られていない、あるいは、そもそも創出されていない。物語がないから、案内しても「ふーん」で終わる。案内する側も張り合いがない。

「モノ」偏重文化と「虚業」の壁
映像制作という、この地域(中部地方)の古い価値観から見れば「虚業(カタチのない商売)」と見なされがちな仕事をしていると、この構造が非常によく理解できます。
「ものづくり」の中部を支える人たちは、カタチ、質量がはっきりした「モノ」にしか、本質的な価値を見出さない傾向が強い。これは歴史と文化の根深さです。
その一方で、物理的な裏付けがなくても、「有名」や「高級」という世間のお墨付き(ブランド)には異様に弱い。しかも「通好み」ではなく、「みんなが知っていて、他人に誇れる(見栄が張れる)」ブランドでなければダメ。目に見えないもの、世間一般の多数派に評価されていないものは「価値なし」と切り捨てる。
ストーリーを蔑ろにする文化が、観光地を「未熟」にする
この「見栄っ張りかつ、多数派の評価絶対主義」という文化が、観光名所を育む土壌を削いでいるのではないでしょうか。
観光名所とは、単なる建造物ではありません。それにまつわる物語やロマンが、人を遠くから引きつけます。しかし、目に見えない精神文化や物語性に敬意を払えない人々が、身近な地域の「見えない価値」を評価できるわけがない。自分がすごいと思えないものを、どうやって旅行者に誇れるというのでしょうか。
物語は、努力して語り継ぎ、育むものです。
「産業観光」の落とし穴と、根本的な提言
もちろん、文化が根付くのを待っていては時間はかかる。手っ取り早いテコ入れ策として「産業観光」を推す声もあります。リニア開業も見据え、「世界の先端技術や産業の現場を巡るツアー」など、いかにもこの地方らしい切り口です。
ただ、これにも危惧が残ります。結局、「Boeing 787の下請け工場を見て回ろう」という話に帰結しがちではないでしょうか。つまり、「作る技術」という見える価値にはお金を払うけれど、「商品企画やデザインというソフトウェア(目に見えない発想のプロセス)」には価値を置かない気質。ここでも、「カタチがないこと」を産み出す知恵と創造性に対する評価の低さが露呈してしまう。
インバウンド対応は「価値観のアップデート」から
観光都市を目指すならば、この地域(名古屋・中部)がまず変えるべきは、「モノ」と「見栄」に偏重した価値観のアップデートです。
「カタチがないこと」や「物語」を産み出す仕事、つまりクリエイティブや企画、そしてそれを支える精神文化に、正しく対価を支払う文化を根付かせること。
これがインバウンドの「目玉」となるストーリーとコンテンツを生み出し、真に魅力ある地域へと変貌させる唯一の道だと確信しています。
映像制作会社のプロデューサーとして語るには、少々重すぎるオチかもしれません。でも、名古屋の観光PRテーマは、いっそ「見栄っ張り」の裏にある「知恵と技術」をクリエイティブの力でどうフックさせるか、という視点で攻めてみるのも面白いかも知れません。
このコンセプトで名古屋の観光PRを攻めるアイデアを3つの方向性で提案します。
1. 「見栄っ張り」を動機にした「ものづくり文化」の再定義
名古屋人が「有名」「高級」といった世間の評価を重視し、「他人に誇れるもの」にお金を出すという特性を、地域独自の「ブランド力」の源泉として捉え直します。
「職人の見栄」を追うドキュメンタリーCM
切り口
名古屋の老舗メーカーや職人が、見えない部品や技術に異常なまでにこだわる理由。それは、「世界で一番正確な部品を作っている」という、誰にも負けない見栄と誇り(=プロフェッショナリズム)のためであると描く。
フック
観光客は「工場の見学」ではなく、「世界トップクラスの職人の狂気的な見栄」を体験しに来る、という構造に。
ターゲット
ハイエンドなビジネス層、技術オタク、深掘りしたい旅行者。
キーワード
「プライド・イズ・パワー(Pride is Power)」「見栄が生んだ世界最高の技術」
2. 「見栄のアイコン」の裏にある「物語の不在」の可視化
地元民が「案内する場所がない」と感じるのは、誇るべき物理的な「モノ」があっても、それにまつわる「物語」が伝わっていないから、という課題を逆手に取ります。
「誰も語らない名古屋の物語」ツアー&VRコンテンツ
切り口
名古屋城や熱田神宮といった「有名だけど、誰もその場で語らない場所」に焦点を当てる。「なぜ、地元民はこの壮大なアイコンの物語を知らないのか?」という問いかけをフックに、実は壮絶だった歴史のドラマを掘り起こし、最先端の映像技術で観光客に提供する。
フック
物理的な観光ではなく、「地元民が忘れかけた(あるいは知らない)極秘のストーリーを体験する」という優越感。
ターゲット
歴史好き、ミステリー好き、一般の外国人観光客。
キーワード
「ストーリー・インヴェンション(物語の発掘)」「見栄の裏の知恵」
3. 「カタチがないことへの投資」を促すビジネスマッチング
「目に見えないもの(企画、ソフトウェア)にお金を払わない」という製造業中心の価値観を打ち破るための、具体的なビジネス観光(産業観光)の再定義です。
「裏打ちされた知恵」のビジネス・ショールーム
切り口
ただの工場見学ではなく、「この製品を生んだアイデアは、どのように生まれたのか?」という企画・開発プロセスを見せるツアーを設計する。商品そのものより、「世界をリードする発想力」という無形の知恵に焦点を当てる。
フック
外国の経営者やエンジニアに対し、「次のイノベーションのヒントを、この土地の『知恵』から盗む旅」としてPR。
対価
通常の観光料ではなく、コンサルティングやビジネスマッチングに近い高いフィーを設定し、「目に見えない企画や知恵にも高い価値がある」という文化を外部から持ち込む。
キーワード
「知的財産ツーリズム」「無形の価値に値札をつける」
【執筆者プロフィール】
株式会社SynApps 代表取締役/プロデューサー。名古屋を中心に、地域企業や団体のBtoB分野の映像制作を専門とする。プロデューサー/シナリオライターとして35年、ディレクター/エディターとして20年のキャリア。




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