映像制作における「あてがき」の手法について
- Tomizo Jinno
- 8月8日
- 読了時間: 5分
日本のドラマ制作環境の変化
近年、日本の映像コンテンツ業界は大きな変化を迎えています。NetflixやU-NEXTといった配信サービスの普及により、従来のテレビドラマ制作の枠組みが変わり、新しいマネタイズの仕組みが定着してきました。その影響で、テレビドラマ全体の質が向上し、脚本、俳優、演出のそれぞれの分野でレベルアップが進んでいます。
劇場映画においても3時間を超える作品が珍しくなくなっていますが、これは単に長時間化が進んだということではありません。むしろ、その時間を必要とし、その時間に耐えうる密度の高いシナリオが生まれているということの表れです。
制作現場での好循環
注目したいのは、ドラマの質の向上が一面的なものではなく、相互に影響し合って全体を押し上げているという点です。優れたシナリオが生まれると、それに応えようとして俳優たちの努力が促され、演技力の向上につながります。そして優秀な俳優が育つと、今度は脚本家がその俳優の特性を活かそうと、特定の出演者を想定した「あてがき」を行うようになります。
この結果、俳優の個性と役柄が自然に結合し、従来では実現できなかった表現が可能になります。こうした相互作用により、日本のドラマ界は現在、非常に興味深い状況を迎えているといえます。

「あてがき」という創作手法の特徴
「あてがき」について、もう少し詳しく考えてみたいと思います。多くの脚本家は、実際のキャスティングが決まっていない段階でも、執筆時には具体的な俳優をイメージしていることがあります。これは実用的で便宜的な手法です。抽象的なキャラクター設定よりも、実在する俳優の特徴や演技の傾向を基準にすることで、登場人物の行動や台詞に一貫性を持たせることができるからです。
つまり「あてがき」は、架空のキャラクターに具体性を与え、観客にとっての説得力を高める重要な手法といえます。
ビジネス映像制作への応用
この「あてがき」の考え方は、私たちが手がけるビジネス領域のPR映像制作でも活用しています。企業の宣伝映像では、特定の出演者がいるわけではありませんが、映像に登場する様々な要素を一種のキャラクターとして捉えています。
具体的には、事業現場の様子、製品やサービス、取引先、顧客層といった要素それぞれに、固有のセリフを設定するのです。ここでいう「セリフ」は、文字通りの台詞ではなく、カット割り、ナレーション、音楽、編集のテンポなど、映像表現全般を指しています。
自然な表現を心がける重要性
このプロセスで最も重要なのは、各要素に不自然な表現を押し付けないことです。例えば「優れた手触り」という商品の特徴を伝えたい場合、映像自体がその質感を伝えていなければ、どれだけ言葉で説明しても効果的ではありません。
そのため、ストーリー構成を考える前に、企業が実際に持っている資産の中から、伝えたいメッセージに適した素材を見つけ出す作業が欠かせません。設備や技術、人材の専門性、顧客との関係など、企業に存在する真実の要素を丁寧に選び出し、それらをどう組み合わせれば意図する物語が自然に生まれるかを考えることが大切です。
調査優先のアプローチの重要性
ここで重要なのは、制作手順における優先順位です。あらかじめシナリオの型を作り、その枠組みに当てはまる事物や事象を後から探すという手法は、一見効率的に見えますが、実はあまり上手い方法ではありません。
まず、このアプローチは企業が持つ本当に価値のある素材を見逃してしまう可能性があります。既成の型に固執することで、思いがけない魅力的な要素に気づかず、結果的に平凡な映像に終わってしまうリスクがあるのです。
さらに問題なのは、シナリオの完成を優先するあまり、それほど魅力的ではない素材であっても、型に合うからという理由で採用してしまうことです。このような妥協は、最終的な作品の説得力を大きく損なう要因となります。
そのため私たちは、シナリオ制作の前段階として、その企業に何があるのかを徹底的に調査することを重視しています。現場に足を運び、従業員の方々と対話し、製品やサービスの細部まで観察し、企業文化や歴史的背景まで含めて、可能な限り詳細に実態を把握する作業から始めます。
この調査段階で発見される予想外の要素こそが、オリジナリティのある映像作品を生み出す源泉となることが少なくありません。企業の方々でさえ気づいていなかった自社の魅力を、外部の視点から発見できることもあります。
事実に基づいた物語作り
ここで強調したいのは、すべての表現が「事実」を基盤としていなければならないということです。企業に実際に存在する事物や現象を素材として、そこから真実性のある物語を作り上げることが「あてがき」手法の核心です。
作り話や誇張に依存した表現では、一時的な注目は集められても、長期的な信頼を築くことは困難です。既存の事実を注意深く観察し、その中に潜んでいる物語性を発見し、適切な映像言語で表現することで、見る人の心に響く本当の説得力を得ることができます。
映像制作における理念と実践
こうした理念に基づいた制作を積み重ねることで、単なる宣伝映像を超えて、企業の本質的な価値を伝える映像作品を作ることが可能になります。技術的な手法だけでなく、制作に臨む姿勢や哲学が、最終的な作品の質を決定する重要な要因となるのです。
現代の映像制作においては、表現技術の向上と並行して、何を、なぜ、どのように伝えるかという根本的な問いに向き合うことが、これまで以上に求められていると、株式会社SynAppsは考えています。
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