映像制作ビジネス案件に「シナリオ」が必要なわけ - “撮ってみた映像”では企業の目的は果たせない
- Tomizo Jinno
- 4 日前
- 読了時間: 7分
いま、映像制作の構造が変わっている
近年、映像制作の裾野が急速に広がっています。かつてはテレビ番組制作やCM制作会社で経験を積んだディレクター・カメラマン・編集者が担っていた領域に、YouTuberや個人の動画クリエーターが進出し、企業案件を直接受注するケースも珍しくなくなりました。
その背景には、機材や編集ソフトの進化、SNSでの拡散力、そして生成AIによる企画・ビジュアル生成の簡易化があります。「誰でも動画がつくれる時代」になったことは、映像表現の民主化という点で歓迎すべき流れです。
しかし同時に、ここ数年、企業側からこうした声をよく耳にします。
「撮影まではスムーズだったが、仕上がった映像が想像と違った」「完成品を見せられて初めて“何を伝えたいのか”が不明確だと気づいた」「上司に確認を求められたが、説明できる資料が何もなかった」

このような齟齬の多くは、「シナリオを提出せずに制作が進んだ」ことに起因しています。
上記の画像は、ある企業の採用動画のプレゼン時のシナリオ(表紙を入れて8ページ分)ですが、二次元アニメ予定のカットと、事前に入手できた画像以外はあえて空欄にしてあります。それぞれのパートで、どんな映像が撮影可能なのか事前にはわからなかったからです。
シナリオは「撮影指示書」ではない
「シナリオ」というと、ナレーション台本やセリフ集のように思われがちですが、ビジネス映像におけるシナリオは、それとは別の重要な「仕様書・承認-決済書類」としての意味を持ちます。
それは、「映像の目的を構造化する設計図+仕様書」です。
何を誰に伝えるのか(メッセージ設計)
何をどんな理路で伝えるのが最も理解されやすいか(論理設計)
どんな手法・世界観・トーンで見せるのがテーマやブランド性に合うか(演出設計)
これらを文字情報として明文化したものがシナリオであり、それがあることで、クライアント・ディレクター・撮影チーム・編集者の全員が同じ完成イメージを共有できます。
つまりシナリオは、映像制作の共通言語です。
シナリオがない制作に起こる3つの問題
① 目的のズレが生まれる
映像は「美しい」「かっこいい」だけでは評価できません。BtoBの映像には、伝えるべき情報・成果・KPIがあります。シナリオを経ずに制作を進めると、制作者の主観やセンスに依存し、「意図は伝わらないが、見た目は良い映像」が生まれやすくなります。
② 承認プロセスが不透明になる
企業の制作案件では、上司・関連部署・法務チェックなど、複数の承認ステップが必ず発生します。その際、映像の進行や内容を確認できるのは、シナリオという文書だけです。「完成品を見てから判断する」では、修正工数もコストも膨れ上がります。
③ 責任範囲が曖昧になる
制作側にとっても、シナリオは契約上のエビデンスです。「どの情報をどの順に表現するか」「ナレーション原稿内容」などを事前に明記しておくことで、納品後の「思っていた内容と違う」というトラブルを防ぐことができます。
絵コンテを過信してはいけません
近年動画クリエーターが受注する「ビジネス案件」では、シナリオを作らずに絵コンテだけを提出するケースもあります。しかし、絵コンテは完成する映像の再現を保証する資料とは限りません。これは、映像の具体的な表現や演出は、撮影準備や編集過程で技術的な制約、予算の変動、あるいはクライアントの新しい要望など、さまざまな要因によって柔軟に変更されることが一般的であるためです。
さらに、絵コンテでは、多くの場合、各コマは時系列順に並んでいるものの、カット割(とくにカットの数)や時間(Lapタイム)が一定でないため※、全体の構成比率が正確に伝わらず、完成形の映像の印象が誤解されやすくなります。さらに、ナレーションではなく「シーンのキャプション」しか書かれていない場合、各シーンがシナリオの中で果たす役割や、伝えたいメッセージとの関連性を理解することが困難です。
※1シーン1カットで理解できる被写体もあれば、数カットに分けて見せないとわからないシーンもあるため、絵コンテ書類のコマ幅は映像の時間軸を一定のスピードで表しているわけではありません。
「わかった」ような気になってしまう
ここで問題となるのは、人は画像としての絵コンテを見ると「わかった」と思いやすい点です。しかしその「わかった」はあくまで想像に基づく理解に過ぎず、実際の映像では意図した構成や演出が反映されない場合があります。結果として、クライアントとの間で「思っていた映像と違う!」という齟齬が生まれやすくなるのです。
大事なことは「文章化」する
ビジネスとしての映像制作では、制作意図の仔細まで書き込まれたシナリオが「仕様書」として不可欠です。この仕様書があれば、映像の構成、メッセージの順序、各シーンの役割、演出の意図などを関係者全員が正確に共有でき、完成形の齟齬を最小限に抑えることができます。
実際に映像制作請負契約では、作品の核となる構成、ストーリーライン、登場人物のセリフや行動、そしてメッセージを明確に定義したシナリオが、両者の合意を形成する最も重要で信頼性の高い添付書類として機能します。
ビジネス映像は「再現性のある設計図」でつくる
YouTube的な「瞬発力のある映像」は時代に合った魅力を持ちます。しかし、企業が長期的に使うブランド映像や採用動画、展示映像などは、メッセージの一貫性と再現性のある構造設計が求められます。
そのためにこそ、シナリオは必要不可欠な工程です。それは単なる台本ではなく、「発注者の意図を、映像という形に翻訳するための唯一の図面」だからです。
結論
映像制作の「品質」は、シナリオの段階で決まる
シナリオとは、映像制作プロセスにおける「事前の思考の可視化」です。撮ってから考えるのではなく、撮る前に考える。この順序を守れるかどうかが、映像の完成度と信頼性を分けます。
「映像を作る前に、まず言葉で描く。」そのひと手間が、企業の伝えたいことを「伝わる映像」に変える最大のポイントです。
付録
新興の動画クリエイターの中には、テキストベースのシナリオ作成を省略し、ビジュアル主導の絵コンテやラフ動画(Vコン)のみで案件を進める傾向が見られます。この「シナリオを提出しない/簡略化する」アプローチが、安価にビジネス案件を請け負うことを可能にする理由を説明します。
「シナリオ作成」工程の完全な省略
本来、シナリオ作成は、作品の論理構成やメッセージ、さらには撮影、演出、演技などの技術に熟慮が必要な専門的な作業です。
このシナリオ作成を省略し、クライアントとの簡単な打ち合わせに基づいて直接絵コンテ(あるいは撮影・編集)を提出すれば、シナリオライティングの技量がなくても仕事に取り掛かることができます。これは制作スタッフが自分一人であるからこそ可能な制作スタイルであり、だからこそ安価に請負可能です。
契約リスクの「暗黙の了解」化と自己責任化
正式なシナリオは、本来「万が一、完成品がクライアントの意図と違った場合の、契約上の最終的な拠り所」として機能します。この厳密な法的文書(シナリオ)の準備を省略することで、制作のスピードを上げます。
もし制作過程でトラブルが発生した場合、本来はシナリオの有無が重要になりますが、低価格案件では、クライアント側も「安価な代わりに、厳密な契約や品質保証は求めない」という暗黙の了解で発注していることが多く、法的なリスクを互いに(あるいはクリエイター側が)負うことでコストダウンを実現しています。
クライアントの「手軽さ」への対応
人は、往々にして「面倒な文書作業(シナリオのレビューや修正指示など)」を嫌い、「とにかく早く、イメージに近い動画が欲しい」と考えます。
このスタイルの動画クリエイターは、視覚的な絵コンテだけで確認を済ませることで、クライアント側の作業負荷も軽減し、「手軽で早い」という付加価値を低価格で提供できます。
つまり、法的・専門的な「シナリオ作成」という工程を飛ばすことで、時間と人件費を極限まで削減し、その分のコストダウンを価格に反映させていると言えます。
しかし、この手法は、後から「イメージと違う」といった大きなトラブルに発展するリスクを孕んでいます。
【執筆者プロフィール】
株式会社SynApps 代表取締役/プロデューサー。名古屋を中心に、地域企業や団体のBtoB分野の映像制作を専門とする。プロデューサー/シナリオライターとして35年、ディレクター/エディターとして20年の実績を持つ。(2025年10月現在)
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