HDR(エッチディーアール)
株式会社SynApps 映像制作研究室の映像制作用語辞典
「HDR」とは、High Dynamic Rangeの略で、従来の映像(SDR)より広い明るさの範囲と豊かな色を表現する技術です。ディスプレイやカメラの技術進化、新しい映像規格(HDR10、Dolby Visionなど)により実現しました。
1. HDRの主な特徴
HDRがSDRと比べて大きく異なる点は以下の通りです。
(1)輝度(明るさ)の範囲の拡大
SDRが最大100nits(ニト)程度の輝度を基準としているのに対し、HDRは1,000nitsから最大10,000nitsといった非常に高いピーク輝度を表現できます。これにより、太陽の光、ネオンサイン、炎などの明るい部分はまぶしいほどリアルに、一方で暗い部分は完全に真っ黒にならず、細部まで階調豊かに表現できるようになります。
(2) 色域(色の表現範囲)の拡大
HDRは、より広い色域をカバーします。SDRが主にRec.709という色域を使用するのに対し、HDRはより広いRec.2020という色域を標準としています。これにより、従来のSDRでは表現できなかった鮮やかな色や微妙な色のニュアンスをより忠実に再現できるようになります。特に、夕焼けのグラデーションや自然の豊かな緑など、肉眼で見たときに近い色表現が可能になります。
(3)色深度の向上
HDRは、SDRの8ビット(256階調)に比べて、10ビット(1024階調)または12ビット(4096階調)の色深度を扱います。これにより、色のグラデーションがより滑らかになり、バンディング(色と色の境界が縞模様に見える現象)が起きにくく、自然な色の変化を表現できます。
2. HDRが可能になった背景
2.1 撮影技術の進化
HDR映像の元となる豊かな光と色の情報を捉えるには、高性能なカメラセンサーが不可欠です。
イメージセンサーの高感度化とダイナミックレンジの拡大
カメラのイメージセンサーが、より幅広い光の強さを同時に捉えられるようになりました。これにより、暗い部分のノイズを抑えつつ、明るい部分の白飛びを防ぎ、肉眼で見た光景に近い情報を記録できるようになりました。
Log/RAW記録と高ビット深度
従来のカメラが8ビットで映像を記録していたのに対し、プロフェッショナル向けカメラでは10ビット、12ビット、あるいはそれ以上の高ビット深度での記録が可能になりました。これにより、より多くの階調情報(明るさのグラデーション)と色情報を持つ映像素材が得られ、後処理での柔軟な調整が可能になります。Log(ログガンマ)やRAW形式での記録は、撮影時のダイナミックレンジを最大限に保持するための重要な技術です。
HDR撮影技術の進歩
複数の露出で撮影した画像を合成する「スタッガードHDR」や、異なるISOで同時に撮影する「Smart ISO Pro」、単一露光でダイナミックレンジを拡大する「Dual Slope Gain」といった技術が、特にスマートフォンやデジタルカメラに搭載され、手軽にHDR画像・映像を生成できるようになりました。
2.2 ディスプレイ技術の進化
撮影された高品位なHDR映像を表現するためには、それを表示できるディスプレイの性能向上が不可欠でした。
高輝度化と高コントラスト比
・LEDバックライトの進化とローカルディミング技術
液晶ディスプレイにおいて、バックライトの輝度を大幅に向上させるとともに、画面の領域ごとにバックライトの明るさを細かく制御する「ローカルディミング」技術が発展しました。これにより、明るい部分は非常に明るく、暗い部分は引き締まった黒として表現できるようになり、高いコントラスト比が実現しました。
・有機EL(OLED)ディスプレイの普及
有機ELディスプレイは、画素一つ一つが自ら発光するため、完全な黒を表現でき、無限に近いコントラスト比を実現します。これにより、HDRの表現力を最大限に引き出すことが可能になりました。
広色域の実現
ディスプレイパネルの改良(例えば、量子ドット技術の導入など)により、より広い色域(Rec.2020など)を再現できるようになりました。これにより、従来のSDRでは表現できなかった鮮やかな色彩が表示可能になりました。
2.3 映像規格と符号化技術の進化
撮影・表示技術の進化と並行して、HDR映像を効率的に記録・伝送するための規格と符号化(エンコーディング)技術も発展しました。
新しいガンマカーブの採用(PQカーブ、HLG)
・PQ(Perceptual Quantizer)カーブ
ドルビーラボラトリーズが開発したこのEOTF(Electro-Optical Transfer Function)は、人間の視覚特性に基づいて設計されており、従来のSDRで使用されるガンマカーブよりもはるかに広い輝度範囲を効率的に表現できます。HDR10やDolby Visionといった規格の基盤となっています。
・HLG(Hybrid Log-Gamma)
NHKとBBCが共同開発したもので、SDRとHDRの互換性を持たせた新しいEOTFです。SDRディスプレイでも自然に表示でき、HDR対応ディスプレイではHDRとして表示できるため、特に放送分野でのHDR導入を容易にしました。
広色域規格の標準化(Rec.2020)
ITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)によって、従来のRec.709よりもはるかに広い色域であるRec.2020が標準化されました。これにより、RGBディスプレイがより豊かな色彩を表現できるようになり、HDRの広色域を活かす基盤が確立されました。
高効率な映像圧縮コーデック
HDRはSDRに比べて情報量が格段に多いため、効率的な圧縮技術が不可欠です。H.265/HEVC(High Efficiency Video Coding)などの次世代コーデックは、高い圧縮率と高ビット深度(10ビット以上)のサポートにより、HDR映像の効率的な記録と伝送を可能にしました。
メタデータ技術の活用
HDR10+やDolby Visionでは、映像の明るさや色の情報をシーンごとに最適化する動的メタデータを使用します。これにより、コンテンツの意図をより正確にディスプレイに伝え、最適な表示を実現できるようになりました。
これらの技術が複合的に発展し、連携することで、私たちはこれまでになくリアルなHDR映像体験を楽しめるようになったわけです。

【関連情報】
HDRの種類(規格)
HDRにはいくつかの規格があり、それぞれ特徴があります。主なものは以下の通りです。
HDR10
最も普及しているオープンなHDR規格です。
静的メタデータを使用します。これは、映像全体で統一された明るさや色の情報を持つことを意味します。
多くのHDR対応テレビやストリーミングサービスでサポートされています。
HDR10+
HDR10の拡張版で、Samsungが開発を主導しています。
動的メタデータを使用するのが最大の特徴です。これにより、シーンごとに最適な明るさや色の調整が可能になり、よりきめ細やかな表現ができます。
HDR10よりもリアルな画質を提供できますが、対応コンテンツはHDR10に比べるとまだ少ないです。
Dolby Vision(ドルビービジョン)
Dolby Laboratoriesが開発したHDR規格で、ライセンス料が必要です。
HDR10+と同様に動的メタデータを使用し、最大12ビットの色深度、最大10,000nitsの輝度に対応するなど、高品質な映像体験を提供します。
映画コンテンツなどで広く採用されています。
HLG(Hybrid Log-Gamma)
NHKとBBCが共同開発した規格で、主に放送用途に適しています。
SDRとHDRの互換性があるのが特徴で、HDR対応ではない従来のSDRテレビでも違和感なく表示できます。これにより、放送局がSDRとHDRの両方に対応した番組を効率的に制作・配信できます。