生成AIが映画を作れない理由

新たな生成AIサービスや技術が発表されるたびに、画像や映像の生成に話題が集まり、クリエイターたちの職域が失われることを懸念する声が聞かれます。しかし、生成AIの基本的な技術思想を考慮すれば、少なくとも脚本がある映像コンテンツを生成できないことは明白です。私の生業であるビジネスPR映像の制作も脚本（シナリオ）に力点がありますので、あまり心配していません。

生成AIが、脚本に基づいた一定以上の時間尺を持つ映像コンテンツの制作を、現時点では代替できない理由を、制作プロセスごとに説明します。

1. プリプロダクション

脚本の解釈と深化

脚本は単なる文字の羅列ではなく、登場人物の感情、物語のテーマ、映像的な表現の可能性など、多層的な情報を含んでいます。人間は自身の経験、知識、感性に基づいて脚本を深く読み解き、脚本家の意図を理解し、映像化に向けた具体的なアイデアを構想します。生成AIはテキスト情報を処理できますが、人間の持つような共感力や抽象的な概念の理解、行間を読む力には限界があり、脚本の真髄を捉えきれません。

演出プランの策定

脚本をどのように映像化するかという演出プランは、ロケーション、セット美術、カット割り、役者の演技など、無数の要素を組み合わせる複雑な作業です。監督は、脚本の意図、予算、ロケーション、キャストなどを総合的に考慮し、最も効果的な演出プランを練り上げます。生成AIは過去の映像データからパターンを学習できますが、特定の脚本に対して最適な演出プランをゼロから考案する独創性や、状況に応じた柔軟な判断力はまだありません。

キャスティング

脚本の登場人物に合った俳優を選び出すキャスティングは、単に外見が似ているだけでなく、役柄の感情や内面を表現できる演技力、他のキャストとの相性、スケジュールなど、多くの要素を考慮する必要があります。人間の俳優が持つ個性や潜在能力を見抜く洞察力、コミュニケーション能力は、データ分析に基づいた生成AIでは代替困難です。

ロケーションハンティングと美術デザイン

物語の舞台となる場所を探し、美術セットをデザインすることは、脚本の雰囲気や時代背景を視覚的に表現する上で非常に重要です。人間の美的感覚、空間認識能力、そして物語に最適な場所やデザインを見つけ出す直感力は、生成AIには真似できません。

2. プロダクション

俳優の演出

監督は、俳優に対して感情の表現、動き、セリフの言い回しなどを細かく指示し、役柄を生き生きと表現させます。人間の感情を理解し、俳優の個性や潜在能力を引き出すコミュニケーション能力、臨機応変な対応力は、生成AIには難しい領域です。

撮影

カメラマンは、監督の意図を理解し、照明、構図、カメラワークを駆使して、物語の感情や雰囲気を視覚的に捉えます。光と影のニュアンス、レンズの選択、動きのある被写体の追従など、高度な技術と個性、センスは、過去の映像データを学習した生成AIがすぐに再現できるものではありません。

予期せぬ事態への対応

撮影現場では、天候の変化、機材トラブル、俳優の体調不良など、予期せぬ事態が頻繁に発生します。これらの状況に臨機応変に対応し、撮影を円滑に進めるための判断力とコミュニケーション能力は、生成AIには欠けています。

3. ポストプロダクション

編集

撮影された膨大な映像素材を、脚本の意図と監督のビジョンに基づいて繋ぎ合わせ、物語の流れを作り出す編集作業は、映像のリズム感、感情的なインパクト、そして物語の深みを理解する高度なセンスが求められます。生成AIは映像の類似性やパターンを認識できますが、物語全体の流れを考慮した、芸術的な編集判断は困難です。

音楽・効果音の制作・選定

映像に感情的な深みや臨場感を与える音楽や効果音の制作・選定は、脚本や映像の意図を理解し、適切な音響効果を生み出す感性と個性が必要です。

結論

これほど数多くのタスクに対して、各々適切なプロンプトを与えて、一貫性あるビジュアルとストーリーを作り上げることが、現実的ではないことがお分かりいただけると思います。

あくまで、脚本という「意図のある設計書」を映像化する場合です。

もしかしたら、脚本自体を生成AIに作成させ、その後の映像化をひとつのタスクにまとめて、映像データと音声データを直接生成させることが、いつかはできるかも知れません。

現在の生成AIは、特定のタスクにおいては効率化や新しい表現の可能性を示すかもしれませんが、脚本の意図を深く理解し、それを具体的な映像として総合的に構築していくという、高度な創造性と人間的な協働が求められる映像制作全体を代替することは不可能です。映像は単なるデータの集合ではなく、人間の感情やメッセージを伝えるための創造であり、その核となるのは人間の性（サガ）です。映画の本質はそこにあります。