映像制作における「当事者バイアス」の克服
- Tomizo Jinno

- 8月14日
- 読了時間: 4分
更新日:8月21日
第1章:映像制作に潜む「当事者バイアス」とその正体
1-1. 善意の客観性がもたらす「凡庸な結果」
映像制作において、関係者全員が「より良いものにしたい」という善意を持っています。しかし、各々がプロフェッショナルとして客観的な視点からリスクを排除し、意見を重ねることで、意図せず作品の個性や鋭さが失われ、当たり障りのない凡庸な結果に陥ることがあります。私は、この現象を「当事者バイアス」と定義し、制作プロセスにおける主要な課題として提起しています。
1-2. 当事者バイアスの根源にある「自己高揚バイアス」とは
「当事者バイアス」は私が考えた造語で、人間が持つ「自分は平均以上である」と信じる「自己高揚バイアス」と同種のバイアス性向です。これがビジネス映像制作の現場では、特有の形で現れるのです。
1-3. 制作者 vs 発注者:プロ意識の衝突
具体的には、「自社の業務や課題は、自分たちが最も理解している」と考えるクライアントと、「映像表現については、自分たちがプロである」と考える制作者との間で、無意識のプライドの衝突が生じます。この専門領域における認識のズレが、コミュニケーションの摩擦や意思決定の遅延を引き起こす一因となります。
第2章:WEB動画における「確証バイアス」の罠
2-1. 「PRしないPR」が求められる時代の変化
現代のWEBマーケティング、特にBtoB領域では、ターゲットが高度にセグメント化されています。すでに情報を収集済みのターゲット層に対しては、従来のあからさまな「宣伝」は効果が薄く、むしろ信頼を損ないます。そのため、あえて宣伝色を排し、事実や雰囲気を伝えることで信頼を醸成する「PRしないPR」という逆説的な手法が有効になります。
2-2. ターゲットを絞るほど深まる、関係者との認識ギャップ
この手法は、狭く深いターゲットには強く刺さる一方、それ以外の人には意図が伝わりにくいという特性を持ちます。そのため、クライアントの担当者やその上司、時にはそのご家族といった「ターゲット外」の関係者からは、「何が言いたいのか分からない」「PRになっていない」といった評価を受けやすくなります。
2-3. 「かくあるべき」という先入観がもたらすもの
こうした否定的な評価は、「PR動画はこうあるべきだ」という個人の経験則や先入観、すなわち「確証バイアス」から生じます。このバイアスもまた「当事者バイアス」の一種であり、せっかくターゲットに向けてパーソナライズした映像表現を阻む大きな壁となります。
第3章:制作者(プロデューサー)が果たすべき真の役割
3-1. バイアスからの「解放」という仕事
このような状況下で、制作者に求められる最も重要な役割は、単に映像を作ることではありません。プロジェクトに関わる人々を、こうした「当事者バイアス」や「確証バイアス」から解放し、プロジェクトの真の目的へと導くことです。
3-2. 「感じさせる」映像制作に必要な信頼関係の構築
特に「PRしないPR」のような、ロジックよりも「感じさせる」ことを重視する映像は、完成形が予測しづらい不確実性を伴います。このような企画を成功させるためには、クライアントとの間に「このプロデューサーに任せれば大丈夫だ」という絶対的な信頼関係を構築することが不可欠です。
3-3. 企画の成否を見極める判断力
同時に、クライアント側の体制(担当者の裁量範囲、意思決定プロセスなど)を冷静に分析し、この種の企画が承認される土壌があるかを見極める判断力も求められます。信頼構築が困難だと判断した場合は、より安全な従来型の手法を提案することも、プロデューサーの重要なリスク管理です。
結論:制作の成功は「信頼」から始まる
効果的な映像制作、特に現代的なアプローチが求められるWEB動画制作案件においては、技術やセンス以上に、関係者間のバイアスを乗り越えるためのコミュニケーションと、その土台となる信頼関係が最も重要な要素です。

【執筆者】
本記事はこれまでにJR東海、東邦ガス、トヨタ自動車など数多くの名古屋の企業の企業課題を映像制作によって支援してきた、名古屋の映像制作会社 株式会社SynApps代表が執筆しました。
【関連記事】




コメント