MaaSが描くモビリティ社会の創造と映像制作会社の提案
- Tomizo Jinno
- 7月19日
- 読了時間: 53分
更新日：10月11日
1. はじめに：MaaSが描く未来のモビリティ概念
MaaS（Mobility as a Service）は、現代社会が直面する交通課題への革新的な解決策として注目を集めています。その本質は、公共交通機関、ライドシェア、カーシェア、自転車シェア、タクシー、カーレンタルといった多様な交通サービスを単一のデジタルプラットフォーム上で統合し、利用者が検索、予約、決済を一元的に行えるようにすることにあります。MaaSの究極の目標は、自家用車を所有することなく、ドアツードアでいつでもどこへでも移動できる可能性を提供することに他なりません。これは、音楽におけるSpotifyや宿泊におけるAirbnbが所有からサービスへのパラダイムシフトをもたらしたように、交通分野においても同様の変革を促すものと期待されています。
MaaSの意義は多岐にわたります。第一に、都市化に伴う交通渋滞や大気汚染といった深刻な課題への対応策として機能します。第二に、利用者の利便性、柔軟性、効率性を飛躍的に向上させ、移動体験をより快適なものにします 。第三に、公共交通機関の利用促進や共有モビリティの普及を通じて、持続可能な交通システムの構築と社会的公平性の実現に貢献します。
MaaSの概念がどのように生まれ、発展してきたかを歴史的視点から紐解き、現在の世界および日本におけるMaaSの取り組みの現状と課題を分析します。特に、日本の主要地域の一つである東海地方にも焦点を当て、この地域固有の取り組みと課題、そして今後の展望について考えます。MaaSが描く未来のモビリティ社会における日本の役割と可能性を考察してみましょう。
【目次】
2. MaaSの起源と概念の進化
2.1 初期の萌芽と北欧での試み
MaaSの概念は、1996年に開催されたENTER会議において、「インテリジェント情報アシスタント」として初めてその萌芽が提唱されました。この初期のアイデアは、様々な旅行および観光サービスを統合する情報システムとしての可能性を示唆するものでした。
その後、MaaSの具体的な試みは北欧で先行して行われました。スウェーデンのヨーテボリでは、月額サブスクリプションモデルを用いた試験運用が実施され、利用者から高い評価を得ました。しかし、公共交通機関のチケットの第三者販売に対する政府レベルでの支援体制が不十分であったため、このサービスは残念ながら中止されるに至りました。この初期の失敗は、MaaSの普及には技術的な実現可能性だけでなく、規制や政策支援が不可欠であることを示唆するものでした。
2011年には、MaaSの概念はフィンランドに伝播し、同国の国家交通戦略にMaaSソリューションの導入が正式に盛り込まれました。さらに2012年には、米国サンフランシスコで開催された「E-Mobility as a Service」会議において、MaaSがスマートフォン技術と共有型電動自動運転車の融合によって実現される可能性が議論されました。この会議では、MaaSが水や電気といった既存の公共サービスと同様に、デジタルに接続されたシームレスなマルチモーダル交通ネットワークとして普及する未来像が提示されました。
フィンランドのインテリジェント交通協会会長であったサンポ・ヒエタネン氏（後にMaaS Global創業者兼CEO）と、アールト大学の修士課程学生であったソンヤ・ヘイッキラ氏の尽力により、MaaSは広く認知されるようになりました 。彼らの活動はフィンランド運輸通信省の支援を受け、2015年の世界ITS会議でMaaSが主要なテーマとして取り上げられ、MaaS Allianceが設立される運びとなりました。MaaS Global社は、その代表的なサービスであるWhimアプリを開発し、MaaSのグローバルな発展を牽引する存在となっています。
2.2 MaaS 1.0からMaaS 2.0（Public Mobility）への変遷
MaaSは過去10年以上にわたり活発に議論され、様々な実証実験が行われてきました。初期のMaaS、すなわちMaaS 1.0（1996年～2020年頃）は、技術主導型でアプリ中心、そして潜在的な商業的利益の追求に重点が置かれていました。この段階では、MaaSは主に交通サービスのデジタル化と統合による利便性向上を目指すものとして捉えられていました。
しかし、現在ではMaaSはMaaS 2.0、または「Public Mobility」と称される新たな段階へと移行しています 。このMaaS 2.0では、技術的側面や莫大な利益の追求という狭い焦点から離れ、公共部門と民間部門が協力し、健全なエコシステムを構築することに重点が置かれています。MaaSという用語が、初期の商業的失敗事例などから否定的な意味合いを持つようになった一方で、より進化した概念であるPublic Mobilityとの明確な区別が求められています。
Public Mobility（MaaS 2.0）は、都市の交通渋滞問題の解決、公共交通機関の利用者の増加、新たなモビリティサービスの組織化、そして自家用車から他の交通手段へのモーダルシフトの実現に貢献しうる、将来性のある概念と見なされています。この段階における最大の課題は、もはや技術そのものではなく、規範、障壁、契約、そしてエコシステムといった、より広範なガバナンスと連携の側面に移っています。MaaSの概念は、当初の純粋な技術統合と商業的利益追求から、公共部門と民間部門の協調を重視し、持続可能性や社会的公平性といった公共的目標の達成を主眼とする「Public Mobility」へと進化しています。この変遷は、MaaSの成功が技術的実現可能性だけでなく、ガバナンス、規制、そして多様なステークホルダー間の協力に深く依存することを示唆しています。初期のMaaSが公共交通機関のチケットの第三者販売に関する政府支援の不足で頓挫した事例が示すように、技術的な準備が整っていても、制度的・政策的な障壁がMaaSの普及を阻むことがあります。また、MaaS Globalの創業者自身が、初期の「モビリティのNetflix」のような収益モデルが成功していないと述べていることは、純粋な商業モデルだけではMaaSの持続可能性が難しいことを示しています。
このように、MaaSは単なる技術的な「アプリ」や「プラットフォーム」ではなく、都市や地域の社会課題を解決するための「エコシステム」としての性質を強めており、その成功は、多様な交通事業者、政府、技術プロバイダー、そして利用者が共通のビジョンを持ち、データ共有や収益分配、法規制といった複雑な課題を乗り越えて協力できるかどうかにかかっています。特に、公共的目標と商業的利益のバランスをいかに取るかが、MaaSの持続可能性の鍵となります。
2.3 MaaSを支える主要技術の発展
MaaSソリューションの発展は、モバイルコンピューティング、クラウドコンピューティング、データ分析といったデジタル技術の急速な進歩によって大きく加速されました 。これらの技術は、MaaSが提供するシームレスな移動体験の基盤を形成しています。
モバイルアプリとデジタルプラットフォームは、MaaSの中核をなす要素です。これらは高度化し、リアルタイムでの経路計画、複数の交通手段を組み合わせた最適なルートの提案（マルチモーダルルート最適化）、そして統合された決済システムなどの機能を提供するようになりました。利用者はスマートフォン一つで、出発地から目的地までの最適な移動手段を瞬時に検索し、予約し、支払いを完了できるようになったのです。
データ駆動型の洞察と予測分析は、MaaSサービスの運用を最適化し、ユーザーエクスペリエンスを向上させる上で不可欠な役割を果たしています。大量の交通データ、利用者データ、都市データを収集・分析することで、MaaSプラットフォームは需要を予測し、サービスの供給を調整し、交通の流れを最適化することが可能になります。
特に、AI（人工知能）とIoT（モノのインターネット）は、MaaSの将来において、より効率的でパーソナライズされた応答性の高いサービスを可能にする上で重要な役割を果たすと期待されています 。IoTセンサーは、車両のリアルタイム位置情報、交通状況、駐車場の空き状況などを収集し、これらのデータはAIによって分析されます。これにより、予測保守（車両の故障を事前に予測してメンテナンスを行う）、ユーザーの行動や好みに基づくパーソナライズされた交通推奨、そして需要や交通状況の変化に応じたリアルタイムでのMaaSサービス最適化などが実現します。
決済システムにおいては、NFC（Near Field Communication）技術が、迅速、簡単、かつ信頼性の高い認証手段として浮上しています。NFCは、トークン、カード、スマートフォンなどの様々なフォームファクターで機能し、複数の交通モードの支払いを単一の取引で可能にする統合決済を実現します。これにより、利用者は複数のチケットや支払い方法を管理する煩わしさから解放され、よりスムーズな移動体験を得ることができます。
3. 世界におけるMaaSの現状と課題
A. 現状：主要な導入事例と成功要因
世界各地でMaaSは都市のモビリティ課題解決と利便性向上を目指し、多様な形で導入されています。特に欧州はMaaSの先進地域として知られ、北米やアジアでも独自の取り組みが進展しています。
欧州の先進事例
フィンランド（ヘルシンキ）
MaaS Globalが提供する「Whim」アプリは、世界初の商用MaaSオペレーターとして広く認知されています。このアプリは、公共交通、タクシー、カーシェアリングなど多様なモビリティサービスを統合し、月額サブスクリプションモデルを提供しています。特に、頻繁にマルチモーダルな移動を行う「ヘビーユーザー（big fish）」と呼ばれる顧客層に支持されており、交通渋滞や汚染の削減に貢献していると報告されています。
オーストリア（ウィーン）
ウィーン市と公共交通事業者WienerLinienが設立したUpstream Mobilityは、2017年6月に「WienMobil」を立ち上げました 。このアプリは、公共交通、自転車シェア、カーシェア、タクシー、スクーター、駐車場情報などを統合し、利用者がマルチモーダルな移動を計画・決済できるようにしています。年間サブスクリプション料金を365ユーロ（1日1ユーロ）に設定することで、環境に配慮した交通手段への移行を促しています。オープンなマルチモーダル公共プラットフォームを基盤としている点が特徴であり、ウィーン市民の約3分の1が利用しているとされます。
ドイツ（ハノーバー）
GVH交通局と公共交通事業者Ustraが2016年に「Mobilatsshop（Mobility Shop）」アプリを開発しました。公共交通、カーシェア、タクシー、自転車、スクーター、レンタカーなど多様な交通手段へのアクセスを提供し、最適なルート検索とアプリ内決済を可能にしています。当初は年間公共交通パス保有者のみが利用可能でしたが、現在は9.95ユーロで誰でも利用できるモデルへと移行しています。
ドイツ（ベルリン）
ベルリン公共交通局（BVG）は、リトアニアのモビリティスタートアップTrafiと提携し、2019年9月に大規模な都市所有型MaaSプロジェクト「Jelbi」を開始しました。
北米の取り組み
米国運輸省は2016年に「Mobility on Demand Sandbox Program」を開始し、MaaSの効率性、有効性、顧客体験の向上を目指す実証プロジェクトを推進しています。
Transitアプリ
北米の民間セクターにおける主要なMaaSソリューションの一つであり、複数の交通機関のスケジュールやマイクロモビリティのリアルタイム位置情報を集約しています。2016年には自転車シェア、2018年には公共交通機関の運賃決済機能を導入し、多くの米国都市で公式な交通計画アプリとなっています。これは、マルチモーダルな計画、予約、単一の旅行の決済を統合する「レベル2 MaaS」の数少ない例とされています。
ポートランドのTransportation Wallet
ポートランド交通局（PBOT）が開始したこのプログラムは、低所得者層向けの交通サービスバンドルを提供し、MaaSの公平性を重視したアプローチの例となっています。
ダラス地域高速交通（DART）
米国初のマルチモーダル・マルチ機関交通運賃決済アプリ「GoPass」を導入しました。LyftやUber、Zipcarなどの外部モビリティプロバイダーとの連携も進め、アプリベースの需要応答型交通サービス「GoLink」も提供しています。
セントルイス・メトロ・トランジット
Transitアプリと提携し、公共ライドシェア車両の予約、バスの時刻確認、電車のチケットアクセスを単一アプリで可能にしました。メトロパスをライドシェアのチケットとして利用できるなど、決済の一元化も実現しています。
ピッツバーグのMove PGH
2021年に開始された2年間のパイロットプログラムで、Transitアプリと連携し、モビリティハブを設置しました。このプログラムでは、公共交通以外のモビリティサービス（自転車シェア、カーシェア、電動スクーター）の利用が増加し、自家用車への依存度を低減する効果が確認されました。
アジアの展開
アジア太平洋地域では、MaaS市場の急速な拡大が予測されており、多くの市場参加者、増加する人口、労働力、可処分所得の増加がその背景にあります。各国政府も都市交通、交通管理、スマート交通インフラへの投資を提案し、MaaSの普及を後押ししています。
日本（Jorudan）
日本を代表する経路検索・MaaSアプリであるJorudanは、東映エクスプレスバスのチケット販売を皮切りに、トヨタ市や大分市でPractical MaaS（公共交通機関のチケット販売機能）を展開しました。JR西日本や日光交通バスサービスでも導入され、合計30以上の機関でMasabiとの連携によるPractical MaaSソリューションが展開されています。
シンガポール
2010年に陸上交通庁（LTA）が「MyTransport.SG Mobile」をリリースし、MaaS導入を開始しました 。現在は「SimplyGo」アプリを通じて、鉄道やバスの計画・決済を一元的に行えるようになっています。LTA DataMallは、タクシーの空車情報、MRTの出口、屋根付き通路、歩道、リアルタイムのバス到着情報や混雑状況などのデータセットを公開し、MaaSの発展を支援しています。
中国（北京）
2019年からMaaSプラットフォームの試験運用を開始しました。バス、地下鉄、シェア自転車、ライドシェア、タクシーなど、ほとんどの交通サービスを統合しています 。北京は「グリーンで統合された」交通開発戦略を掲げ、3,000万人以上のユーザーが利用し、1日あたり450万回のグリーン交通サービス利用実績があると報告されています。政府の強力な政策支援（「第14次5カ年計画」、「MaaS 2.0作業計画」）が推進力となっています。
韓国
韓国鉄道公社（Korail）の統合旅行プラットフォーム「Korail MaaS」は、2024年6月のローンチからわずか6ヶ月で約600万回利用されました。Korail Talkアプリを通じて、経路案内、列車の現在地、駐車場の事前決済、空港バスチケットやレンタカーの予約、荷物配送などの機能を提供しています。多言語対応も進められています。
以下の表は、世界の主要なMaaS導入事例とその特徴をまとめたものです。
B. 課題：普及と持続可能性への障壁
MaaSのグローバルな普及と持続可能性には、技術的、経済的、制度的、そして社会的な複数の障壁が存在します。
法規制・政策の不整合とデータ共有の課題
MaaSの確立と運用は、交通、小売、決済、銀行、データ保護、雇用、競争といった幅広い法規制の対象となります。しかし、現在の法規制は、新たなモビリティサービスプロバイダーの市場参入を妨げ、サービスの拡張性と統合を阻害する可能性があります 。地理的およびセクターごとの規制の断片化、ならびに運用上の相互運用性の問題が大きな障壁となっており、これはMaaSが目指すシームレスな移動体験の実現を困難にしています。
特に、データ共有とアクセスはMaaSにとって繰り返し発生する問題です。多くのモビリティプロバイダーは自社データを独占的で価値が高いと考えて共有をためらう傾向があり、これにより包括的な統合が妨げられ、「囲い込み」と呼ばれる状況が生じています。
政府の介入なしに主要な交通モード間の完全な連携を達成することは難しいと指摘されており、これはMaaSの価値提案の中心であるシームレスな統合を根本的に阻害する要因となっています。異なる管轄区域や交通モード間における規制の不整合と断片化は、MaaSの拡張性と相互運用性にとって根本的な障壁であり、MaaSの価値提案の中心であるシームレスな統合を妨げています。スウェーデンでのMaaS試験運用が政府の支援不足で中止された事例 や、一貫性のない規制がMaaSソリューションの導入を遅らせるという指摘 は、技術的な準備が整っていても、法規制がMaaSの機能や市場発展に直接的な影響を与えることを示しています。
さらに、規制の断片化は運用上の相互運用性の問題を引き起こし、データ共有の課題とも密接に絡み合っています。プロバイダーがデータを独占する傾向は、政府によるオープンデータやデータ標準化の義務付けがない限り、包括的な統合を困難にします。したがって、MaaSが真に機能するためには、各国・地域政府がMaaSの特性に合わせた柔軟かつ統一的な法規制を整備し、事業者間の公平な競争とデータ共有を促す政策を打ち出すことが不可欠です。
ビジネスモデルの確立と収益性
MaaSの成功したビジネスモデルはまだ進化途上であり、初期に期待された「モビリティのNetflix」のような単一のサブスクリプションモデルは、収益性確保に苦慮していることが示されています。MaaS Globalの創業者であるサンポ・ヒエタネン氏自身も、初期の収益モデルが成功していないと認めています。
MaaSプロバイダーは、サブスクリプションベース、従量課金制（pay-as-you-go）、広告収入型、データ収益化など、多様なビジネスモデルを採用できる可能性を模索しています。しかし、MaaSソリューションの構築と維持には高いコストがかかり、特にオープンデータの提供には費用がかかることが課題として挙げられています。このため、公共交通機関からの補助金は、MaaSプラットフォームが費用対効果の高いソリューションを提供するために不可欠であるとされています。
初期に期待された「モビリティのNetflix」のような単一のサブスクリプションモデルは、MaaSの収益性確保に苦慮しており、金融的な持続可能性と広範なユーザー獲得のためには、従量課金、広告、データ収益化、そして公共補助金を含む多様なハイブリッド型ビジネスモデルへの移行が不可欠です。MaaSのコンセプトはSpotifyやAirbnbのように「所有をサービスに変える」というアイデアから生まれたため、月額サブスクリプションモデルが主要なビジネスモデルとして当初から想定されていました。しかし、MaaS Globalの創業者自身が「収益を追求するビジネスモデルは成功していない」と述べていることは 、単一のサブスクリプションモデルだけではMaaSの経済的持続可能性を確保するのが難しい現実を浮き彫りにしています。
この課題に対応するため、MaaSは「サービスの多様化とビジネスモデルの多様化」を経験しており、従量課金制やデータ収益化といった新たな収益源が検討されています。
MaaSソリューションの構築と維持には高いコストがかかるため、「公共交通機関からの補助金」が「費用対効果の高いソリューションを提供するために不可欠」であると指摘されています。これは、MaaSが純粋な商業モデルとしてだけでなく、公共サービスとしての側面も持ち合わせているため、公的支援が不可欠であることを示唆しています。
MaaSのビジネスモデルは、多様なユーザーニーズと交通事業者の収益構造、さらには公共政策の目標を複雑に統合する必要があり、今後、MaaSの普及には、ユーザーからの直接的な収益だけでなく、データ活用による間接的な収益、そして公共セクターからの戦略的な投資や補助金を組み合わせた、より洗練されたハイブリッド型の収益モデルの確立が不可欠となるでしょう。
多様なステークホルダー間の連携と信頼構築
MaaSの導入には、自治体、政府、地域関係者、インテグレーター、公共交通事業者、交通サービスプロバイダー（TSP）など、多様なステークホルダーが関わるエコシステムの構築が不可欠です。しかし、これらの関係者間には、共通の目標やビジョンの欠如、特に公共部門と民間部門の間でのデータ共有に関する不信感が大きな課題として存在します。
MaaSの「所有権」に関する議論も存在し、MaaSのバックボーンを公共交通と見るか、ユーザーと見るかで定義が異なることもあります。民間企業は、自社のプラットフォームを独占的に利用させようとする「囲い込み」戦略を好む傾向があり、これが包括的な統合を妨げる要因となっています。
インフラ整備と技術的障壁
MaaSは、5GネットワークやEV充電ステーションなどの堅牢なデジタルおよび物理インフラに依存しています。しかし、特に価格に敏感な市場では、インフラの不足が最新技術の導入を遅らせ、主要メーカーの収益成長を阻害しています。また、公共交通機関のレガシーシステムとスタートアップ企業の俊敏なシステムとの間には、大きなミスマッチが存在し、これがデータ連携やシステム統合の障壁となることがあります。データがサイロ化されていたり、共通の構造や形式が欠如していたりすることも、MaaSの統合を妨げる技術的課題です。
ユーザー受容性とデジタルデバイドの克服
MaaSの普及には、利用者全員のデジタル対応が求められますが、スマートフォンを所有していない、または操作ができない高齢者などがMaaSの恩恵を受けにくい「デジタルデバイド」の問題が存在します。COVID-19パンデミックのような公衆衛生上の危機は、共有モビリティの魅力を低下させ、自家用車利用への回帰を促すなど、ユーザーの行動に大きな影響を与えました。MaaSの利用意向は、利便性、効率性、知覚された有用性といった要因によって大きく左右されることが研究で示されています。また、曖昧さへの耐性が高い旅行者ほどMaaSを利用する傾向があることも指摘されています。
以下の表は、MaaS導入における普遍的な課題を整理し、それぞれの課題がMaaSの普及と持続可能性にどのように影響するかをまとめたものです。
4. 日本におけるMaaSの現状と課題
A. 現状：国土交通省の推進と多様な取り組み
日本政府はMaaSの普及を国家戦略として位置づけ、国土交通省が中心となってその推進を図っています。公共交通の利便性向上、環境対策、観光振興、そして地域が抱える移動課題の解決をMaaSの主要な目的としています。特に「日本版MaaS推進・支援事業」を通じて、交通以外の分野との連携やサービスの広域化を促進し、MaaSのさらなる高度化を目指しています。この事業では、地方公共団体や連携する民間事業者に対して補助金を提供し、地域の実情に応じたMaaSモデルの構築を後押ししています。
全国における主要な導入事例
日本各地では、多様なMaaSの導入事例が見られます。これらは主に地域生活支援型、観光型、都市型、そして近年注目される医療型に分類できます。
地域社会におけるMaaS
高齢者支援型
北海道芽室町では、75歳以上の高齢者や運転免許を返納した65〜74歳を対象とした「芽室MaaS事業（めむろコミ☆タク）」を展開しています。これは、交通空白地域における高齢者の移動手段を確保し、地域住民の生活を支えることを目的としています。
観光型
沖縄県では、観光型MaaS「沖縄スマートシフトプロジェクト」が「my route」アプリを活用し、ルート検索、予約、デジタル乗車券購入、観光情報閲覧を可能にしています。これにより、観光客の移動と観光体験の利便性向上を図っています。
神奈川県三浦半島では、「三浦COCOON」プロジェクトが自家用車から公共交通・シェアモビリティへの移行を促進し、持続可能な観光モデルの構築を目指しています。
千葉県銚子市では、JAFと共同で観光型MaaSの実証実験を行い、地域交通の利用促進と観光の利便性向上を図ることで、ドライブ観光の活性化に貢献しています。
JR東日本は、東北地方で「TOHOKU MaaS」を提供しています。スマートフォン一つで旅行計画から各種電子チケットの購入・予約・決済が可能で、観光施設、レンタカー、高速バス、フリーパスなどを統合し、多言語対応もしています。これにより、東北地方の観光客の利便性を高め、地域全体の観光振興に寄与しています。
東急電鉄は、伊豆地方で観光型MaaS「Izuko」を展開しています。鉄道、バス、タクシーに加え、観光施設や体験の予約・決済をワンストップで行えるのが特徴です。ユーザーデータの取得・分析を通じてパーソナライズされた情報提供や商品開発を行い、伊豆地域の賑わい創出に貢献しています。
都市型
東京都大手町・丸の内・有楽町地区では「大丸有版MaaS事業」が展開され、エリア内の多様なモビリティや商業施設、ワークスペースの情報を連携・統合し、ラストハーフマイルの利便性向上やエリア内回遊性の向上を目指しています。
ビジネスにおけるMaaS
トヨタ自動車
自動車メーカーから「モビリティカンパニー」への転換を掲げ、「my route」アプリやモビリティサービス・プラットフォーム（MSPF）を構築しています。MSPFはコネクテッドカーの車両ビッグデータを活用し、カーシェアやライドシェア、テレマティクス保険など幅広いサービス提供を可能にしています。また、超小型EVシェアリングサービス「Ha:mo」も展開し、パーソナルな乗り物と公共交通の最適な接続によるシームレスな移動、および地域交通課題の解決をサポートしています。
JR九州と宮崎交通
鉄道とバスの運行情報や時刻表を一元管理し、スマートフォンアプリを通じてリアルタイムで提供することで、地域住民や観光客の移動体験を大幅に改善しています。これは、地域公共交通の利用促進と持続可能な交通環境構築を目指す地方MaaSの参考例として期待されています。
西日本鉄道
九州経済連合会が立ち上げた「九州MaaSプロジェクト研究会」に積極的に参加し、トヨタの「my route」アプリを基盤に、九州一円をカバーする広域MaaSの実現を目指しています。AIオンデマンドバスの運行主体としても活動し、他の鉄道会社やバス会社、自治体を含めた官民一体での取り組みを推進しています。
医療MaaS
岐阜県高山市では、2025年1月から県内自治体初となる移動診療車による「医療MaaS」を導入します。これは、広大な市域における医療機関へのアクセス困難な市民に対し、車内でのオンライン診療環境を整備することで、居住地域による医療サービス格差の縮小や、へき地における患者の早期治療・重篤化予防を目指すものです。
三重県鳥羽市でも、へき地医療DXの一環として「医療MaaS」車両を使った実証事業を展開し、オンライン診療と対面診療を組み合わせることで、通院が難しい患者の負担軽減を図っています。
以下の表は、日本におけるMaaSの多様な導入事例とその特徴をまとめたものです。
B. 課題：日本特有の背景と克服すべき障壁
日本におけるMaaSの導入と普及は、その社会経済的背景に起因する特有の課題に直面しています。
地域特性に応じたMaaSのあり方
MaaSは、日本全体で画一的なものを導入すべきではありません。日本のMaaS導入は、都市部と地方で直面する課題が根本的に異なるため、画一的なアプローチでは成功しません。都市部では、朝夕の電車混雑や複数の移動手段の組み合わせが課題となる一方、地方では車社会であるため、モビリティを整備しても事業が成り立たない可能性があります。
地方では、公共交通機関の減少、自動車運転ができないと生活できない状況、近隣の店舗や病院の減少、コミュニティの弱体化といった深刻な移動問題が顕在化しています。都市型MaaSは既存交通の効率化と新たな移動体験の創出を目指す一方、地方型MaaSは高齢化や過疎化に伴う「移動の確保」という生存に関わる課題解決がMaaSの主目的となり、そのビジネスモデルや成功指標も大きく異なるべきです。
結果として、事業の持続可能性を評価する指標も、都市部では収益性や利用効率が重視される一方、地方では地域住民のQOL向上や医療・福祉サービスの確保といった社会的なインパクトがより重要視されるべきであると考えられます。
既存交通事業者間の連携と競争のバランス
MaaSでは様々な移動手段を一元化することが主な方向性となりますが、移動手段を提供する事業者はそれぞれがライバルである場合が少なくありません。このため、事業者間の連携がうまく進まない可能性があります。公共交通機関は長期的な利用者減少とコロナ禍の影響で経営環境が悪化しており、人手不足による路線バスの休廃止も懸念されています。MaaSはこれらの課題解決の契機となりうるものの、事業者間の「競争の歴史」を乗り越え、「共創」を推進する必要があります。
高齢化社会におけるデジタルデバイドとアクセシビリティ
MaaSサービスの多くはスマートフォンアプリ経由で利用されるため、スマートフォンを所有していない、または操作ができない高齢者などがMaaSの恩恵から取り残されてしまう「デジタルデバイド」の問題が顕在化しています。MaaSの普及には利用者のデジタル対応が求められるため、デジタル対応ができていない人々はMaaSの恩恵を受けにくい状況にあります。また、車椅子利用者や視覚障害者など、多様な移動ニーズを持つ利用者に対応するためのバリアフリー関連情報の提供も重要な課題となっています。
法規制の壁と柔軟な運賃設定の難しさ
MaaSを推進していく上では、タクシーやバスなど交通事業者との関係性、新たなモビリティサービスに向けた安全性確保の基準、個人情報保護に関する法規制など、様々な法律が複雑に絡み合っています。これらの法規制は、MaaSの導入や新たなビジネスモデルの創出を阻害する「高い壁」となっており、法改正や規制緩和を通じて、MaaSが発展しやすい環境を整備する必要があります。また、業界における公正な競争を担保しつつ、どのように柔軟な運賃設定を可能にするかも大きな課題です。
データ連携とプライバシー保護の確保
MaaSの実現には、デジタル技術の活用と各種データの共有が不可欠ですが、交通事業者の中には自社が保有するデータを外部に提供したくないという意向を持つところも少なくありません。これにより、モビリティ間での連携がうまく取れず、MaaSが目指す全体最適が図れなくなる可能性があります。MaaSプラットフォームは、位置情報や決済情報など膨大な個人データを収集・処理するため、データ保護とプライバシーの確保が極めて重要となります。匿名加工処理やユーザーの明確な同意取得といった対策が必須であり、強固なデータガバナンス体制の確立が求められます。
以下の表は、日本におけるMaaS導入の主要な課題と、それらに対する克服策の方向性を示しています。
5. 東海地方におけるMaaSの取り組みと展望
東海地方は、それぞれが地域固有の課題に対応するため、多様なMaaS実証プロジェクトを展開しています。この地域では、MaaSが単なる技術的ソリューションではなく、高齢化、医療アクセス、過疎地域での移動手段確保といった地域固有の具体的な社会課題解決に特化した「ニッチMaaS」モデルを積極的に展開しているという特徴があります。
これは、MaaSが地域社会の持続可能性を支えるための戦略的ツールとして位置づけられていることを意味しています。東海地方におけるMaaSの成功は、経済的なリターンだけでなく、社会的なインパクトによっても評価されるべきであり、その持続可能性のためには、公共部門の役割と地域コミュニティとの連携がより一層重要であると考えられます。
A. 現状：各県の先進事例と特徴
愛知県の取り組み
愛知県は、地域の実情に応じた移動手段の確保、高齢者の移動を考慮した生活交通の確保、周遊・交流促進による地域活性化を目指し、「新モビリティサービス推進事業」を実施しています。
名古屋市
国土交通省の「共創・MaaS実証プロジェクト」に採択された「名古屋市MaaS西福田実証プロジェクト」では、名古屋鉄道、名鉄タクシーホールディングス、名古屋大学などが連携し、公共交通空白地域におけるAIオンデマンド交通の実証実験を行っています。名古屋鉄道は、地域住民や来訪者向けに名古屋市に特化したマイクロMaaSアプリ（WEB版）「デライド」を提供開始しました。これは同社のエリア版MaaSアプリ「CentX」の機能を活用し、交通手段に加え、観光地や商業施設情報を提供し、スムーズな移動と周遊を促進することで地域活性化を図るものです。また、名古屋エキ・シロ地区では、AIオンデマンド交通を導入し、居住者のモビリティ向上と観光・商業施設への周遊促進を図り、地域活性化効果を検証しています。円頓寺商店街では自動運転サービスの技術検証も実施されています。
春日井市
名古屋鉄道が提供するMaaSアプリ「CentX（セントエックス）」を活用し、公共交通情報提供に加え、デジタルチケット販売やAIオンデマンド交通の配車依頼サービスを提供しています。特に、バス車内に設置されたNFCタグにスマートフォンをタッチすることで、デジタルチケットの有効性を判別し、乗降時の位置・日時データを取得することで、利用者の乗降バス停の判別と移動データの取得を検証しています。この取り組みは「愛知県スマートシティモデル事業」にも選定されています。
岐阜県の取り組み
高山市
岐阜県内の自治体として初めて、2025年1月から移動診療車による「医療MaaS」を導入します。高山市は日本一広い市域を有しており、総合病院をはじめとする医療機関の多くは市の中心部に位置しています。このため、地域によっては医療機関までの移動が困難な市民が多く存在します。この医療MaaSは、遠隔地にいる医師によるオンライン診療を車両内で受けられる環境を整備することで、居住地域による医療サービス格差の縮小や、特に医療資源の乏しいへき地における患者の早期治療・重篤化予防を目指すものです。
三重県の取り組み
鳥羽市
鏡浦地区の市立診療所の課題解決のため、医療MaaS車両を使った実証事業を展開しています。症状が安定している患者や診療所に来るのが難しい患者に対し、自宅近くに車をつけ、車内でのオンライン診療と対面診療の機会を組み合わせることで、移動負担を軽減し、診療機会を増やすことを目的としています。
多気町
2023年10月27日から医療MaaSの実証実験を開始しており、地域医療の課題解決に向けた取り組みを進めています。
静岡県の取り組み
富士市
「ふじMaaS」を「ICTやAI等のデジタル技術や交通資源、地域資源等を有効活用し、地域公共交通の維持・活性化など、移動の観点から富士地域の課題解決に資する取組」と定義し、その推進に取り組んでいます。
静岡市
2019年5月に地域密着型の官民連携プロジェクト「しずおかMaaS」を設立しました。AI相乗りタクシーの実証実験を実施しており、月額定額制、回数券払い、都度払いといった多様な料金体系を提供しています。特に「Express Pool型」では、利用者が幹線道路まで徒歩で移動することで運行経路を効率化し、効率性・安全性の面で有効性を確認しています。
以下の表は、東海地方のMaaS実証プロジェクトとその特徴をまとめたものです。
B. 課題：地域固有の特性と今後の克服点
東海地方におけるMaaSの取り組みは先進的である一方で、その地域固有の特性に起因する課題も抱えています。
交通空白地域の解消と高齢者の移動手段確保
東海地方の多くの地域、特に地方部では、人口減少と高齢化が進行しており、公共交通機関の維持が困難になっています。これにより、自家用車を運転できない高齢者や住民の移動手段が限られる「交通空白地域」が深刻化しています。
MaaSは、AIオンデマンド交通や医療MaaSといった形で、これらの地域の移動困難者を支援する有効な手段として期待されていますが、実証実験における利用実績が予想よりも少ないケースや、高齢者の利用促進策のさらなる必要性が指摘されています。地域住民の生活の質を向上させるためには、MaaSが単なる技術導入に留まらず、地域に根差したきめ細やかなサービス提供と、デジタルデバイドを解消するためのアナログなサポート体制の構築が不可欠です。
観光振興と地域経済活性化への貢献
東海地方は多様な観光資源を有しており、観光型MaaSは地域への誘客や周遊促進を通じて地域経済の活性化に貢献する大きな可能性を秘めています。しかし、現在行われている多くのMaaS実証実験から得られた知見を、いかに単発の取り組みで終わらせず、持続可能なビジネスモデルに繋げ、地域全体の活性化に寄与させるかが喫緊の課題です。観光客のニーズを的確に捉え、交通と観光コンテンツをシームレスに連携させることで、MaaSが真に地域の魅力を高めるツールとなることが期待されます。
異なる交通モード間のシームレスな連携と乗り継ぎ改善
東海地方の各地域では、鉄道、バス、タクシー、オンデマンド交通、ロープウェイなど、多様な交通手段が運行されています。しかし、これらの交通機関がそれぞれ独立して運行・案内を行っているため、利用者にとって乗り継ぎがスムーズでない場合が少なくありません。
MaaSアプリ上での情報連携だけでなく、リアルな交通結節点における物理的な連携強化や、乗り継ぎ時間の最適化、共通の決済システムの導入などが求められます。これにより、利用者の移動におけるストレスを軽減し、利便性を高めることが可能となります。
実証実験から持続可能な社会実装への移行
東海地方では多くのMaaS実証実験が行われていますが、これらを単発の取り組みで終わらせず、継続的に利用される仕組みを確立し、地域活性化に資するビジネスモデルを構築することが極めて重要です。実証実験で得られたデータを分析し、利用者のニーズや行動パターンを深く理解することで、サービス内容や料金体系を継続的に改善していく必要があります。
また、公共交通事業者の経営環境が厳しい現状において、MaaSが新たな収益源となり、持続可能な交通ネットワークの維持に貢献するモデルを確立することが、社会実装に向けた大きな鍵となります。
6. MaaSの今後の展望
MaaSは、グローバルな市場において、今後も高い成長が予測される分野です。その発展は、技術革新、持続可能性への意識の高まり、そして政策支援と官民連携の深化によって加速されるでしょう。
グローバル市場の成長予測と主要な推進要因
MaaS市場は、2024年の1,042億ドルから2037年には7,545億ドルに達すると予測されており、予測期間中の年平均成長率（CAGR）は20.1%と極めて高い成長が見込まれています。この成長の主な推進要因としては、AI駆動型交通分析と自動運転システムへの需要増加が挙げられます。これらの技術は、MaaSプラットフォームがより効率的でパーソナライズされたサービスを提供することを可能にします。また、4G/5GやIoT技術といったデジタル接続ネットワークの進歩も、リアルタイムの経路計画や追跡ソリューションの需要を増大させ、MaaSの普及を後押ししています。
サービスモデル別では、ライドヘイリング（配車サービス）セグメントが、2037年までにMaaS市場の38.1%を占めると予測されており、最も需要の高いサービスモデルとして浮上しています。また、個人の移動ニーズに応えるパーソナルモビリティセグメントも41.5%を占めると予測され、急速な都市化、柔軟な通勤ソリューションへの需要、環境意識の高まりがその背景にあります。
技術革新がもたらす未来のモビリティ
AIとIoTはMaaSの将来において、より効率的でパーソナライズされた応答性の高いサービスを可能にする上で不可欠な役割を果たすでしょう。予測保守、パーソナライズされた交通推奨、リアルタイム最適化といったAIとIoTの応用は、MaaSサービスの質を飛躍的に向上させます。例えば、IoTセンサーが収集した車両やインフラのデータをAIが分析することで、故障を事前に予測し、メンテナンスを行うことでサービスの安定稼働を確保したり、個々の利用者の移動履歴や好みに基づいて最適な交通手段を提案したりすることが可能になります。
自動運転車両の需要増加はMaaSソリューションの採用をさらに促進すると期待されており、WaymoのようなMaaSプラットフォームが自動運転車をオンデマンドサービスに統合する可能性が指摘されています。これにより、運転手不足の解消や、24時間365日の柔軟なモビリティ提供が実現するかもしれません。さらに、ハイパーループシステムのような超高速交通手段の開発も、長距離交通と都市モビリティを根本的に変革し、MaaSの提供範囲と速度を拡大する可能性を秘めています。
持続可能性、公平性、地域活性化への貢献
MaaSは、環境、社会、経済の各側面において、持続可能な発展に大きく貢献する可能性を秘めています。
環境への影響
MaaSは、共有モビリティや公共交通機関の利用を促進することで、自家用車への依存度を低減させます。これにより、交通渋滞を最大20%削減し、CO2排出量を最大15〜25%削減する可能性があるとされています。これは、都市の大気汚染改善にも繋がり、「カーライト社会」の実現に貢献するでしょう。
社会的公平性
MaaSは、高齢者や自家用車を持たない人々、障害を持つ人々など、交通弱者に対するモビリティを向上させる大きな可能性を秘めています。ヘルシンキでの研究では、MaaSが低所得世帯の移動手段を増やした事例が報告されています。MaaSは、アクセシビリティと手頃な価格の交通選択肢を提供することで、誰もが移動の自由を享受できる社会の実現に貢献します。
地域活性化
日本では、MaaSの実証実験が交通の利便性向上を通じて観光需要の増加と地域経済の活性化に繋がると期待されています。特に地方においては、MaaSが新たな人の流れを生み出し、過疎化や高齢化による地域交通の課題解決に貢献することで、地域全体の活力を高めることが期待されています。
政策支援と官民連携のさらなる深化
MaaSの広範な普及には、政府による強力な政策支援と、多様なステークホルダー間の官民連携のさらなる深化が不可欠です。各国政府は、MaaSの発展を支援するための政策や規制枠組みを導入しており、これはMaaSエコシステムの健全な成長を促す上で重要な役割を果たします。
日本においても、国土交通省が「交通DX（デジタル・トランスフォーメーション）」と「交通GX（グリーン・トランスフォーメーション）」を推進し、MaaSを含む交通分野のデジタル技術実装を目指しています。交通DXは、自動運転やキャッシュレス決済などの技術導入を、交通GXは車両の電動化や効率的な運行管理・エネルギーマネジメントの一体的な推進を目指すものです。これらの政策は、MaaSの技術的基盤と持続可能性を強化し、より効率的で環境に優しい交通システムの実現を後押しします。
さらに、地域公共交通の持続可能性を高めるための「地域公共交通計画」のアップデートが求められており、データ活用の強化や官民連携の推進が図られています。これにより、自家用車に過度に依存しない持続可能な社会の実現を目指し、地方の中心都市が公共交通を軸としたコンパクトなまちづくりを進める具体的な事例に繋がることが期待されています。
MaaSが創出する新たな価値と雇用機会
MaaSは、単に移動の利便性を高めるだけでなく、社会全体に新たな価値を創出し、雇用機会をもたらす可能性を秘めています。MaaSの効率的な運用が進めば、新たな移動需要が生まれ、地域経済の活性化や雇用創出が期待されます。
特に、MaaS関連ビジネスでは、広義の「マーケター」人材の需要が高まっています。マーケティング・PR職、サービス企画職、広告商品企画など、サービスの価値を定義し、世の中に広め、社会に根付かせるための幅広い役割が求められています。これは、MaaSが単なる技術開発だけでなく、ユーザーの行動変容を促し、新たなライフスタイルを提案する側面を持つためです。
また、自動運転やAIオンデマンド交通の普及は、運転手不足の解消に貢献しつつ、システムの運用・保守、データ分析、顧客サポートといった新たな職種を生み出す可能性があります。例えば、AI開発エンジニア、センサーエンジニア、データアナリスト、プロジェクトマネージャーなどが挙げられます。さらに、医療MaaSのような専門MaaSの発展は、医療従事者の移動負担軽減と同時に、遠隔医療サポート、移動診療車の運用・管理といった新たなサービス関連の雇用を創出する可能性も秘めています。
7. MaaSの自由主義経済における理想と現実の乖離
MaaS（Mobility as a Service）は、あらゆる交通手段を統合し、利用者が最適な移動をシームレスに選択できる理想的な概念です。すべての交通情報が透明化され、個人のニーズに応じたルート提案、一元的な決済、持続可能性、そして社会的公平性の実現が目指されています。しかし、この理想は、自由主義経済下の競争原理、企業の利益追求、既存の権益構造、そして複雑な規制といった現実的で、根本的な障害があることも忘れてはなりません。
MaaSが直面する主要な課題
MaaSの実現を阻む根本的な課題は多岐にわたります。
市場原理との矛盾
まず、市場競争原理と協調の矛盾が挙げられます。自由主義経済の根幹である競争は、各交通事業者が自社の利益を最大化し、情報共有に消極的になることを促します。データは企業の重要な資産であり、その共有は競争力の低下を意味するため、完全な透明性や協調は実現が困難です。一方で、MaaSには事業者間の協調が不可欠であり、これは競争力低下やイノベーション阻害に繋がりかねません。
既得権益の収奪
次に、既存の権益構造からの抵抗も大きな障壁です。長年にわたり築き上げられた交通事業者や仲介業者の独占的な権利や顧客基盤は、MaaSによる変革を強く拒みます。政治的な影響力や労働組合の反発も加わり、既存事業者の保護を求める圧力が生じます。
公共性の担保
さらに、規制と市場の複雑な関係も課題です。交通分野は国や地方自治体による多層的かつ硬直した規制に縛られており、新しい技術やサービスへの対応が遅れがちです。MaaSが目指す市場効率性と社会的公正性の両立は、利益が出にくい路線の放棄や社会的弱者への配慮不足といった矛盾を生む可能性があります。
新たな寡占企業の誕生
技術的統合の経済的困難性も見逃せません。MaaSには技術標準化が不可欠ですが、そのコスト負担や知的財産権の問題、そしてプラットフォーム運営者による市場独占の弊害が懸念されます。巨大IT企業による市場支配は、地域交通事業者の従属化や利益の国外流出を招く恐れもあります。
ユーザビリティの不公平性
また、MaaSは利用者が常に最適な選択を行うことを前提としていますが、実際の利用者行動は必ずしも経済合理的ではありません。習慣や慣性の力、情報処理の限界、そしてスマートフォンやインターネット環境の格差であるデジタル・デバイド、経済力による利用格差といった問題が、MaaSの公平な利用を阻害します。
外部性の内部化困難性
MaaSは環境負荷軽減を目指しますが、自由市場では炭素価格の設定など環境外部性の適切な価格付けが困難です。渋滞や騒音といった社会的外部性の評価と内部化も難しいのが現状です。
※外部性の内部化：利益活動を行う事業者（発生源）と、その活動から何らかの影響を受ける受益者（または被害者）が、その影響に対して、経済的に公平な形で利益や責任を分担すること。
8. MaaSが描く未来のモビリティ社会と映像制作会社が果たせる役割
MaaSは、単なる交通手段のデジタル統合を超え、都市や地域の社会構造そのものを変革する可能性を秘めた概念です。その進化は、自家用車中心の社会から、より持続可能で、公平で、効率的なモビリティ社会への移行を促すものです。
MaaSが描く未来のモビリティ社会において、日本は、その先進的な技術力と、高齢化社会や地方創生といった独自の社会課題への対応経験を活かし、世界をリードする役割を果たすことが期待されます。そのためには、政府、交通事業者、技術プロバイダー、そして地域住民が一体となり、共通のビジョンを持ち、データ共有の促進、法規制の柔軟化、そして多様なビジネスモデルの確立に向けて継続的に協力していくことが不可欠です。MaaSは、単なる移動手段の変革に留まらず、より豊かで持続可能な社会を築くキーワードといえます。
このMaaS（Mobility as a Service）の推進において、映像制作会社は、その革新的な概念を社会に浸透させ、多様なステークホルダー間の連携を促進し、最終的な社会実装を加速させる上で、極めて重要な役割を担うことができます。映像の持つ視覚的・感情的な訴求力は、MaaSの複雑な側面を分かりやすく伝え、人々の行動変容を促す強力なツールとなり得ます。
8.1 MaaSの概念理解と利用促進
映像は不可欠な役割を果たします。MaaSは公共交通、ライドシェア、カーシェアなど多様な移動手段を統合するサービスであり、その利便性やメリットを直感的に伝えるには視覚的な説明が最も効果的です。
分かりやすい解説動画の制作
MaaSの仕組み、アプリの利用方法、そして「自家用車を持たずにドアツードアで移動できる未来」といった究極の目標 を、アニメーションやインフォグラフィックを多用して分かりやすく解説する動画は、一般市民のMaaSに対する理解のハードルを大幅に下げます。特に、スマートフォン操作に不慣れな高齢者層向けには、アプリの具体的な操作手順を丁寧に示したチュートリアル動画が有効です 。電話予約や対面サポートといったアナログな対応と連携したMaaSの利用方法を示すことで、デジタルデバイドの解消にも貢献できます 。
利用者の声（体験談）の可視化
実際にMaaSを利用して生活がどう変化したか、移動がどれほど便利になったかを、多様な年齢層や地域（都市部、地方、観光地など）の利用者の視点から描くドキュメンタリーやインタビュー形式の動画は、共感を呼び、新たな利用を促します。例えば、北海道芽室町の高齢者支援型MaaS「めむろコミ☆タク」の利用者が、外出機会が増え、生活の質が向上した様子を伝える映像は、MaaSの社会的意義を強く訴えかけます 。
8.2 多様なステークホルダー間の連携と信頼構築
映像は「共創」の架け橋となります。MaaSの成功には、交通事業者、自治体、技術プロバイダー間の協力が不可欠ですが、データ共有への抵抗感や競争意識が課題となることがあります 。
連携事例の紹介動画
異なる交通モード（鉄道、バス、タクシー、シェアサイクルなど）がMaaSプラットフォーム上でシームレスに連携し、利用者に価値を提供している様子を具体的に示す映像は、事業者間の相互理解と信頼を深めます。例えば、オーストリアの「WienMobil」や米国のダラス地域高速交通（DART）の「GoPass」のように、公共交通機関が主導しつつ民間サービスと連携する事例 や、日本のトヨタ「my route」を活用した九州MaaSプロジェクト の舞台裏を映し出すことで、連携のメリットを明確に伝えられます。
ビジョン共有のための企業・自治体向けプロモーション
MaaSがもたらす都市の渋滞緩和、環境負荷低減、地域活性化といった公共的目標 を共有するための映像は、各関係者が共通の目標に向かって協力する意識を高めます。
8.3 MaaSの多様な価値と社会的インパクトの訴求
MaaSは単なる移動手段の提供に留まらず、環境、社会、経済に多大な貢献をします。
環境・社会貢献をテーマにしたブランディング動画
MaaSが交通渋滞やCO2排出量を削減し、持続可能な社会に貢献する様子 を視覚的に訴えることで、環境意識の高い層へのアピールが可能です。また、交通弱者（高齢者、障害者など）の移動の自由を保障し、社会的公平性を高めるMaaSの側面 を描くことで、MaaSの公共的価値を強調できます。岐阜県高山市や三重県鳥羽市の医療MaaS のように、地域固有の課題解決に貢献する「ニッチMaaS」の事例は、その地域に特化した映像で効果的に伝えられます。
観光振興と地域経済活性化のプロモーション
観光型MaaS（例：沖縄スマートシフトプロジェクト 、JR東日本「TOHOKU MaaS」 、東急電鉄「Izuko」）が、観光客の利便性を高め、地域への誘客や周遊を促進し、経済効果を生み出す様子を魅力的な映像で表現できます。
政策支援と官民連携の深化
国土交通省が推進する「交通DX（デジタル・トランスフォーメーション）」や「交通GX（グリーン・トランスフォーメーション）」 のビジョンや、地域公共交通計画の重要性 を、関係者や一般市民に分かりやすく伝えることができます。
映像制作会社は、これらの多様なニーズに応えるため、単なる撮影・編集に留まらず、MaaSの専門知識を持つ企画・コンサルティング能力、ターゲット層に合わせたストーリーテリング、そして多言語対応を含むグローバルな視点を持つことが求められます。MaaSの複雑な概念を「見える化」し、その価値を「体感」させることで、MaaSの社会受容性を高め、持続可能なモビリティ社会の実現に大きく貢献できるでしょう。
MaaSに関連する事業の啓発・推進のために映像コンテンツの制作をお考えの時は、名古屋の映像制作会社 株式会社SynAppsにご用命ください。
【弊社プロデューサー自動車関連制作実績】
【自動車産業の先端技術関連記事】
【この記事について】
MaaS（Mobility as a Service）とは、公共交通からライドシェア、カーシェア、タクシーまで、あらゆる移動手段を一つのアプリでシームレスに連携させ、利用者が最適な移動を可能にする革新的な概念です。しかし、その本質は単なる技術的な統合を超え、交通渋滞や環境問題、地方の交通空白地帯といった社会課題を解決し、より持続可能で公平な社会を実現することにあります。
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本記事は、名古屋の映像制作会社・株式会社SynAppsが執筆しました。私たちは「名古屋映像制作研究室」を主宰し、さまざまな業界の知見を収集・分析しながら、企業や団体が抱える課題を映像制作の力で支援することを目指しています。BtoB領域における映像には、その産業分野ごとの深い理解が不可欠であり、その知識と経験をもとに制作に取り組んでいます。
【執筆者プロフィール】
株式会社SynApps 代表取締役／プロデューサー。名古屋を中心に、地域企業や団体のBtoB分野の映像制作を専門とする。プロデューサー／シナリオライターとして35年、ディレクター／エディターとして20年の実績を持つ。
参考文献
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【岐阜県高山市】来年1月から、岐阜県内自治体初となる移動診療車による『医療MaaS（マース）』を導入します - PR TIMES, accessed July 18, 2025, https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000185.000124925.html
【政策】高山市、岐阜県内初の医療MaaS導入へ - みんなの広報宣伝部, accessed July 18, 2025, https://xn--q9ji3c6d676qnnlo0fgmgrr6k.com/2024/12/15/news-250/
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MaaSとは？自治体への導入メリットと課題について徹底解説！ - ジチタイワークス, accessed July 18, 2025, https://jichitai.works/article/details/1943
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MaaS アプリの活用により公共交通の利用を促進します - 春日井市, accessed July 18, 2025, https://www.city.kasugai.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/030/395/07shiryou_20221122.pdf
MaaS で気軽におでかけできるまちに向けて実証実験開始！ ― スマホタッチでバス乗降やクーポン取得等新機能を追加したモビリティポートの活用 - 名古屋鉄道, accessed July 18, 2025, https://www.meitetsu.co.jp/profile/news/2023/__icsFiles/afieldfile/2023/12/22/23-12-22kasugaismartcityjisshou.pdf
MaaSで気軽におでかけできるまちに向けて実証実験開始！ | ニュース | DNP 大日本印刷, accessed July 18, 2025, https://www.dnp.co.jp/news/detail/20171234_1587.html
令和5年度 医療MaaSの実証実験を10月27日に開始 - 多気町, accessed July 18, 2025, https://www.town.taki.mie.jp/life/soshiki/10/miekouikirennkeisupercitysuishinkyougikai/3451.html
ふじMaaSについて | 静岡県富士市, accessed July 18, 2025, https://www.city.fuji.shizuoka.jp/1040050000/p000980.html
静岡型MaaSの取り組み, accessed July 18, 2025, https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/keizai_senryaku/pdf/r5_85.pdf
菰野町の公共交通の現状とMaaSの取組, accessed July 18, 2025, https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001311071.pdf
The Impact on Stock Returns of Introducing MaaS, accessed July 18, 2025, https://www.rieti.go.jp/en/publications/summary/23010009.html
Mobility As a Service Has 'MaaS' Appeal - AARP, accessed July 18, 2025, https://www.aarp.org/livable-communities/getting-around/info-2019/maas-flex-danmark.html
Mobility as a Service (MaaS) - Engage Aberdeenshire, accessed July 18, 2025, https://engage.aberdeenshire.gov.uk/19306/widgets/61403/documents/41366
MaaSを簡単にわかりやすく解説！導入メリットと自治体の取り組み事例も紹介, accessed July 18, 2025, https://www.publicweek.jp/ja-jp/blog/article_74.html
MaaSに積極的な12自治体はここだ！日本における実証実験の進捗は？ スマートシティ化目指す事業や自動運転導入を図る取り組みも - Digital Shift Times（デジタル シフト タイムズ） その変革に勇気と希望を, accessed July 18, 2025, https://digital-shift.jp/startup_technology/210125
地域新MaaS事業の成果 （採択地域の成果報告書）, accessed July 18, 2025, https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/smart_mobility_challenge/pdf/20250331_03.pdf
MaaSとIT技術が創る次世代都市：交通システムの革新と未来展望, accessed July 18, 2025, https://josysnavi.jp/2024/blog-00163
「移動を進化させる」マーケ・企画職が注目するMaaS関連求人 - AMBI, accessed July 18, 2025, https://en-ambi.com/featured/390/
Latest trends in the automated driving and MaaS industry with job market trends, accessed July 18, 2025, https://www.hipstarters.com/latest-trends-in-the-automated-driving-and-maas-industry-with-job-market-trends/
フィリピンでMaaSを活用したラストワンマイル物流の実証事業を実施 | ニュース | DNP 大日本印刷, accessed July 18, 2025, https://www.dnp.co.jp/news/detail/20168945_1587.html
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