top of page

第3章 プロデューサーは、何を作っているのか

前章では、編集の外側にある「制作」という仕事について書きました。

クライアントの目的を理解する。

誰に何を伝えるのかを考える。

手法を選ぶ。

予算を考える。

必要な専門家を集める。

そして、まだ存在していない映像を完成へ持っていく。

では、制作会社の中で、この仕事の中心にいるプロデューサーは、何を作っているのでしょう。


カメラマンなら、撮影した画があります。

エディターなら、編集した映像があります。

CGクリエーターなら、作ったCGがあります。

プロデューサーには、そういう分かりやすい成果物がありません。

しかし、プロデューサーの仕事がなければ、企業映像の制作は始まりません。

プロデューサーが最初に作るものは、映像そのものではありません。

「この目的を、どうやって一本の映像として実現するか」という仕組みです。


動画企画会議に参加するプロデューサーとディレクター

【このシリーズ】*別のページに飛びます



クライアントが持ちかけるのは、完成映像の設計図ではない


企業から最初に渡されるものは、多くの場合、映像の設計図ではありません。

「新製品を紹介したい」

「この技術を理解してほしい」

「採用応募者に会社の魅力を伝えたい」

「展示会で足を止めてもらいたい」

「研究成果を一般の人にも分かるようにしたい」

こうした目的です。


しかも、実際の相談は、もっと曖昧なこともあります。

「そろそろ会社案内映像を新しくしたい」

「社長から動画を作れと言われた」

「競合が格好いい映像を作った」

「展示会で何か流したい」


そこから、

なぜ作るのか。

誰に見せるのか。

その人は何を知っているのか。

何を知らないのか。

何を理解してもらえば目的を達成できるのか。

見た後に、どうなってほしいのか。

を整理していきます。


クライアントが「作りたい」と言っているものと、実際にその目的のために「必要なもの」が、同じとは限りません。

プロデューサーは、まずそこを見極めます。



「何を撮るか」より先に、「何を伝えるか」


映像制作の話になると、どうしても撮影の話をしたくなります。

工場を撮る。

社長にインタビューする。

ドローンを飛ばす。

社員が働いている様子を撮る。

製品を格好よく撮る。

しかし、それらはすべて手段です。


その前に、

この映像で、結局何を伝えるのか。

を決めなければなりません。

たとえば、メーカーから、

「うちの技術力を伝えたい」

と言われたとします。

では、その会社の技術力とは何でしょう。


最新設備を持っていることなのか。

加工精度なのか。

研究開発力なのか。

熟練した技術者がいることなのか。

顧客の難しい要求に応えられることなのか。

長年蓄積したノウハウなのか。

全部かもしれません。


しかし、全部を順番に並べれば「技術力」が伝わるとは限りません。

むしろ、

この会社の技術力を一言で説明すると何なのか。

そこまで考えて、初めて映像の中身が見えてきます。



映像には骨格がある


第1章で、YouTubeでよく見られる「違和感なく、スムーズにつなぐ編集」について書きました。

話者が一人で話し続ける動画なら、不要な時間を削り、テンポよくつなぎ、全体を一つの連続した話として見せる方法は合理的です。

しかし、私たちが企業から一式で請け負う映像は、通常、もう少し大きな構造で考えます。


最小単位にはカットがあります。

カットが集まって、シーンになります。

シーンが集まって、シークエンスになります。

いくつかのシークエンスが、一つのセクションを構成します。

そして、それらが一本の映像になります。


カット → シーン → シークエンス → セクション → 全体。

重要なのは、これらが単に積み上がっているのではないことです。

全体を貫くものがあります。

ストーリーです。


ここでいうストーリーは、ドラマのような物語だけを意味しません。

たとえば技術紹介映像なら、

なぜ、この技術が必要なのか。

従来は何が問題だったのか。

その会社は、どう解決したのか。

どのような仕組みなのか。

それによって何が可能になったのか。

こうした流れもストーリーです。


採用映像なら、

会社を知る。

仕事を知る。

そこで働く人を知る。

自分が働く姿を想像する。

応募を考える。

という流れを設計することもできます。


映像には、視聴者をどこからどこへ連れていくのかという道筋があります。

プロデューサーは、その道筋から考えます。


【関連記事】



「いいカット」を集めても、いい映像にはならない


撮影現場では、いい画が撮れるとうれしいものです。

編集でも、格好いいつなぎができれば使いたくなる。

インタビューで、とても感動的な発言が出ることもあります。

しかし、それがどれだけ良くても、映像全体に必要とは限りません。


単独で見れば格好いいカット。

しかし、その場所では必要ない。

非常に感動的なインタビュー。

しかし、全体の論旨から外れる。

撮影するのに苦労した画。

しかし、そこで使うとストーリーが止まる。

そういうことは普通にあります。


逆に、単独では何でもないカットが重要なこともあります。

場所を理解させる画。

時間が経過したことを知らせる画。

次の説明を理解するために必要な画。

情報が続いたあと、視聴者に一度頭を休ませる画。

一つひとつのカットだけを評価していたら、その役割は見えません。


だから、私たちは、

「このカットは格好いいか」

だけではなく、

「このカットは、全体の中で何をしているのか」

を考えます。



その設計図がシナリオ


企業映像の制作では、私たちはシナリオを非常に重視します。

シナリオというと、ナレーション原稿を思い浮かべる人がいます。

しかし、ナレーションはシナリオの一部です。


シナリオには、

何を見せるのか。

何を聞かせるのか。

どの順番で情報を出すのか。

どこで理解させるのか。

どこで印象づけるのか。

何を言葉で説明し、何を画だけで伝えるのか。

そうした映像全体の設計が入っています。


企業映像におけるシナリオは、完成映像の設計図であり、制作上の仕様書、つまりクライアントと共通認識を確認するための契約文書に近いものだと考えています。


シナリオが決まれば、

何を撮影する必要があるのか。

どんなCGが必要なのか。

誰に出演してもらうのか。

何をインタビューするのか。

どんな資料を用意してもらうのか。

かなりのことが決まります。


逆に、ここが曖昧なまま撮影へ進めば、後工程で問題になります。

必要な画を撮っていない。

説明に必要な素材がない。

CGを追加しなければ成立しない。

尺に収まらない。

そして試写になって、

「なんとなく思っていたものと違う」

となる。

シナリオを書くことは、文章を書くことではありません。

まだ存在していない完成映像を、撮影する前に設計して、クライアントだけでなく、スタッフ全員で共有することです。




シナリオがあるから、変更できる


ただし、シナリオは、一度決めたら絶対に変更してはいけないものでもありません。

撮影してみたら、予定していた画より良い画が撮れた。

インタビューで、事前には出ていなかった重要な言葉が出た。

撮影できるはずだったものが撮れなくなった。

逆に、想定していなかった素材が手に入った。

そういうことはあります。


そのとき、シナリオに書かれている通りに作ることだけを目的にしてはいけません。

重要なのは、シナリオが何を実現しようとしていたのかです。

予定したカットが撮れなければ、そのカットが担うはずだった役割を別の方法で実現する。

予定していなかったインタビューの方が目的に適していれば、そちらを使う。

設計図があるからこそ、どこを変えてもよく、どこを守らなければならないかが分かります。

シナリオは、変更を縛るものではなく、変更を判断する基準でもあります。



プロデューサーとディレクターは、同じ仕事ではない


ここで、プロデューサーとディレクターの違いも説明しておきます。

企業映像では、案件の規模によって一人が両方を兼ねることもあります。

そのため、仕事の境界が見えにくいことがあります。


大まかに言えば、プロデューサーは制作全体を成立させる側です。

クライアントの目的を理解する。

企画を組み立てる。

予算を考える。

必要なスタッフを選ぶ。

スケジュールを組む。

実現可能性を判断する。

クライアントとの調整を行う。

そして、案件全体を完成へ持っていく。


一方、ディレクターは、その目的と企画を具体的な映像表現へ落とし込む側です。

どんな画を撮るのか。

出演者にどう演じてもらうのか。

インタビューで何を引き出すのか。

どのようなトーンで見せるのか。

撮影した素材をどう組み立てるのか。

映像としての演出を担います。

もちろん、実際の現場ではきれいに線を引けない仕事もあります。


プロデューサーは「この仕事を成立させる責任」を持ち、ディレクターは「それを映像として成立させる責任」を持つ。

このくらいに考えると、分かりやすいと思います。



プロデューサーは「全部できる人」ではない


プロデューサーは、撮影も編集もCGも音楽も、全部自分でできなければならないのでしょうか。

そんなことはありません。


私はシナリオを書き、演出もします。

撮影現場ではサブカメラを持つこともあり、基本的な編集は自分で行います。

シンプルなグラフィックアニメーションも自分で作成します。

しかし、メインのカメラを振ることはありませんし、3DCGやVFXを自分でやろうなどとは思いません。MAスタジオの最新機器の操作法など知ろうはずもありません。

それぞれの領域では、その道のプロフェッショナルを起用します。


優れたカメラマンに、安定して(ここが難しい)良い画を撮って欲しい。

優れたエディターに、自分では思いつかないような編集をして欲しい。

優れたCGクリエーターは、ダイナミックなカメラワークを設計して欲しい。

優れた録音技術者は、視聴環境に最適な音場設計をして欲しい。

専門家は、それぞれの領域でプロデューサーである私よりも深い引き出しを持っています。

第1章で書いたように、プロのエディターがこちらの期待を超える仕事を返してくれるのも、そのためです。


だからプロデューサーに必要なのは、すべてを自分で作る能力ではありません。

何が必要なのかを判断し、それをできる人を選び、その能力を一つの目的へ向けることです。

自分の想像を超える人を使えることも、プロデューサーの能力です。



広さでは、専門家に負けられない


ただし、ここに少し厄介なところがあります。

自分でCGを作れなくてもいい。

しかし、CGで何ができるかを知らなければ、CGを使うという発想が出ません。

自分で高度な撮影ができなくてもいい。

しかし、どんな撮影方法があるのかを知らなければ、カメラマンに相談することもできません。

自分で編集をしなくてもいい。

しかし、編集で何が可能なのかを知らなければ、エディターの提案が優れているのかどうかも判断できません。

だから、プロデューサーには映像制作の各分野について、広い知識が必要です。


撮影。

照明。

録音。

編集。

CG。

アニメーション。

モーショングラフィックス。

音楽。

ナレーション。

スタジオ。

ロケーション。

出演。

美術。

さらに、それらを組み合わせてできる映像表現。

深さでは、それぞれの専門家に負けて構いません。

むしろ専門家の方が深くなければ困ります。

しかし、広さでは負けられません。


目的から手法を選ぶためには、選択肢そのものを知らなければならないからです。

手法を一つしか知らなければ、すべての案件をその手法で解決しようとしてしまいます。

実写が得意だから、何でも実写。

モーショングラフィックスが得意だから、何でもモーション。

ドローンを持っているから、何でもドローン。

それでは、クライアントの目的から手法を選んでいるのではありません。

自分の得意技から仕事を作っているだけです。

職業として企業映像を制作するなら、逆でなければなりません。

目的が先にあり、手法は後から選ぶ。

そのために、プロデューサーには全方位の引き出しが必要になります。



プロデューサーが作るのは、一本の映像が成立する構造


こうして見ると、プロデューサーという仕事には、分かりやすい「作品」がありません。

しかし、何も作っていないわけではありません。


目的を整理する。

何を伝えるかを決める。

全体のストーリーを作る。

シナリオという設計図へ落とす。

必要な専門家を選ぶ。

それぞれの仕事を一つの方向へ向ける。

予算と時間の中で、それが現実に成立する形を作る。


プロデューサーが作っているのは、

一本の映像が成立するための構造そのものです。

そして、その構造ができて初めて、カメラマンも、ディレクターも、エディターも、CGクリエーターも、それぞれの専門性を十分に発揮できます。

ここまで読むと、プロデューサーには相当な映像知識が必要だと思うでしょう。

その通りです。

ところが、この仕事を長くやっていると、もう一つ分かってきます。


映像のことだけ知っていても、プロデューサーはできません。

最初の打ち合わせで話しているのは、映像ではなく、クライアントの会社や製品や技術だからです。

次章では、その話をします。


【このシリーズ】*別のページに飛びます

 
 

映像制作を発注する企業担当者のための情報発信です。

TomizoJInno.jpeg

執筆者・神野富三
名古屋の映像制作会社 株式会社SynApps 代表取締役プロデューサー

シナリオ・演出・編集まで一貫して手がける映像プロデューサー・ディレクターとして、JR東海・トヨタ自動車など200社以上の映像制作に携わる。

最新記事

bottom of page