第5章 クライアントが買っているのは「映像」だけではない
- 神野富三

- 2 時間前
- 読了時間: 9分
企業映像の見積書には、いろいろな項目が並びます。
企画費。
プロデュース費。
ディレクション費。
撮影費。
照明費。
出演費。
編集費。
CG制作費。
ナレーション費。
音楽費。
スタジオ費。
こうして並べると、映像制作の価格は、それぞれの作業料金を足したものに見えます。
もちろん、見積書としてはそうなります。
しかし、クライアントが映像制作会社から買っているものは、それだけではありません。
カメラを一日動かしたからいくら。
編集を何時間したからいくら。
CGを何カット作ったからいくら。
それだけなら、必要な人を個別に集めて発注すれば済みます。
企業が映像制作会社へ制作を一式で依頼する理由は、別のところにあります。
目的を渡せば、完成まで持っていってくれる。
私は、これが映像制作会社の商品だと思っています。
クライアントは映像を作るために仕事をしているわけではない
映像制作会社にとって、映像制作は本業です。
しかし、クライアントにとっては違います。
メーカーの担当者なら、本来の仕事は製品を作ったり売ったりすることです。
人事担当者なら、採用や人事制度を動かすことです。
広報担当者なら、会社の情報を社会へ伝えることです。
研究者なら、研究することです。
その人たちが、たまたま今回、「映像を作らなければならない」という仕事を抱えています。
撮影方法を勉強したいわけではありません。
編集技法を覚えたいわけでもありません。
CGの作り方を知りたいわけでもない。
映像制作の専門家になりたいわけではありません。
だから映像制作会社へ依頼します。
「この目的を達成したい」
という仕事を、こちらへ渡す。
そして、完成した映像を受け取る。
その間に必要な専門的判断を引き受けることも、映像制作会社の仕事です。
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「どうしましょうか」を連発しない
もちろん、制作中にはクライアントへ確認します。
しかし、何でもクライアントに決めてもらえばいいわけではありません。
「どちらのカットがいいですか」
「BGMはどちらがいいですか」
「この色でいいですか」
「この構成でいいですか」
「どちらのナレーターがいいですか」
全部クライアントに聞けば、制作会社としては安全です。
決めたのはクライアントだからです。
しかし、それでは何のために専門家へ頼んでいるのか分かりません。
私たちは、「この目的なら、こちらがいいと思います」と答えなければならない。
もちろん、その理由も説明します。
こちらを選べば何が良くなるのか。
逆に何を失うのか。
別の方法なら何ができるのか。
専門家として判断した上で、必要なところだけクライアントに選んでもらう。
判断をクライアントへ返さない。
これは、企業映像を請け負う上で大切なことだと思っています。
「言われた通りに作りました」は通用しない
クライアントから、「こうしてください」と言われることがあります。
しかし、その通りにやると明らかに映像の品位が下がる。
クライアントのブランドプレステージに関わる問題です。
そんなこともあります。
そのとき、
「クライアントが言ったことだから」
と、そのまま作るのか。
私は、それでは職業映像制作者とは言えないと思います。
なぜ、その方法が適切ではないのか。
何が問題になるのか。
代わりにどうすればいいのか。
言語化して説明する必要があります。
もちろん、最終的な決定権はクライアントにあります。
説明した上で、
「それでも、この方法で」
と言われれば従うこともあります。
しかし、少なくとも専門家としての意見は出す。
完成後に問題が起きて、
「ご指定通りに作っただけです」
では済みません。
企業から制作を一式で請け負うということは、ある程度の判断まで預かることです。
制作会社が引き受けるのは、不確定な仕事である
映像制作には、始める時点では分からないことがたくさんあります。
撮影日に天気がどうなるか。
出演者がどれくらいうまく話せるか。
工場が予定通り動いているか。
インタビューで何が出てくるか。
予定していた場所で本当に撮影できるか。
撮影した素材が、想定していた通り使えるか。
クライアント社内から、どんな意見が出てくるか。
全部を事前に決めることはできません。
それでも納期は決まっています。
予算も決まっています。
最終的には一本の映像にしなければなりません。
だから制作途中では、何度も判断が必要になります。
予定していた画が撮れなければ、別の方法を考える。
インタビューで予想外に良い話が出れば、構成を変える。
予定より弱い素材しか撮れなければ、編集で補う方法を考える。
どうしても説明できなければ、CGを追加する。
制作とは、最初に決めた計画を機械的に実行することではありません。
目的を見失わず、その都度最善と思われる方法を選びながら、完成へ向かう仕事です。
だからシナリオが必要になる
不確定なことが多いなら、最初から自由に作ればいい。
そう思うかもしれません。
逆です。
不確定なことがあるからこそ、何を目指しているのかを明確にしておく必要があります。
そのためにシナリオがあります。
第3章で、シナリオは完成映像の設計図だと書きました。
カット。
シーン。
シークエンス。
セクション。
そして全体。
それらを一本のストーリーが貫いている。
だから、途中で予定していたカットが撮れなくても判断できます。
「このカットを撮ること」が目的ではないからです。
そのカットが担うはずだった役割を、別の方法で実現すればいい。
インタビューで予定していなかった良い言葉が出たときも同じです。
シナリオの目的に照らして、こちらの方が有効なら採用する。
設計図があるから、変更できるのです。
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予算は「映像の値段」ではない
映像制作には、必ず予算があります。
100万円。
300万円。
1,000万円。
金額は案件によってさまざまです。
ここで、
「1,000万円なら100万円の十倍いい映像ができる」
とは考えません。
映像の品質を一本の物差しで測ることはできないからです。
予算が増えれば、選択肢は増えます。
撮影日数を増やせる。
スタッフを増やせる。
遠方へロケに行ける。
スタジオを使える。
出演者を起用できる。
CGを増やせる。
オリジナル音楽を作れる。
しかし、全部を豪華にすればいいわけではありません。
目的に必要のないところへ予算を使っても意味がない。
大切なのは、
限られた予算を、どこへ使えば最も効果が上がるのか。
を判断することです。
300万円の予算なら、300万円でできる最高の方法を考える。
1,000万円なら、1,000万円を使う意味のある方法を考える。
これもプロデューサーの仕事です。
プロの料理人と同じだと思っている
私は、職業映像制作者の仕事を、プロの料理人に例えることがあります。
料理人は、与えられた食材と条件の中で料理を作ります。
最高級の食材だけを使えるとは限りません。
予算があります。
時間があります。
厨房があります。
食べる人がいます。
その条件を、
「もっといい材料だったら」
「もっと時間があったら」
と言っていても料理は出せません。
優れた料理人は、与えられた食材の特徴を理解し、調理方法を選び、組み合わせ、持っている技術を使って、その食材の良さを最大限に引き出します。
そして、食べる人が期待していた以上のものを出す。
職業映像制作者も同じだと思っています。
クライアントから渡される条件は、案件ごとに違います。
予算。
納期。
撮影場所。
出演できる人。
使える資料。
企業側の事情。
そして、達成したい目的。
その条件を受け取って、
「これなら、この方法が最もいい」
と考える。
必要な専門家を集める。
シナリオを作る。
撮影する。
CGを作る。
編集する。
音を作る。
そして全部を一つにまとめる。
100%要求通りに作ることがゴールではありません。
できることなら、その条件から120%を引き出す。
クライアントが最初に想像していたものより、目的にかなった映像を返す。
さらに、映像としての魅力や感動まで加えられれば、それに越したことはありません。
私は、そこまでやるのが職業映像制作者だと思っています。
だから、金額だけを比べても分からない
最初の話へ少し戻りましょう。
10分の動画編集5,000円。
企業映像の編集10万円、50万円、100万円。
そして、映像制作一式なら数百万円、ときには1,000万円を超える。
ここまで読んできたなら、これらを単純に、
「映像を作る値段」
として比較できない理由が見えてきたと思います。
5,000円の編集と1,000万円の映像制作の間に、2,000倍の編集技術の差があるわけではありません。
そもそも売っているものが違います。
編集という工程を請け負う仕事。
専門家として編集を任される仕事。
そして、企業から目的そのものを預かり、映像制作全体を引き受ける仕事。
同じ映像業界に見えても、仕事の範囲も責任も違います。
では、最後に一つ疑問が残ります。
こういう仕事をする人は、いったい何者なのでしょう。
映画監督ではありません。
テレビ番組のプロデューサーでもありません。
CMプロデューサーとも、少し違います。
「動画クリエーター」と呼ぶには、仕事の範囲が違いすぎます。
私自身、長年この仕事をしてきましたが、この職業を簡潔に言い表す名前には、いつも困ってきました。
そこで私は、このシリーズではあえて、
職業映像制作者
と呼んでいます。
最終章では、この仕事そのものについて書きます。
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