第4章 映像のことだけ知っていても、この仕事はできない
- 神野富三

- 55 分前
- 読了時間: 10分
ここまで、編集、撮影、CG、シナリオ、プロデューサーの仕事について書いてきました。
ビジネス案件をやるには、映像について幅広い知識を持っていなければならない。
そう思ったかもしれません。
その通りです。
しかし、それだけでは足りません。
職業映像制作者、とりわけ企業から直接仕事を受けるプロデューサーには、もう一つ、とても面倒なことを処理する能力が必要です。
そのためには映像以外のことを、かなり広く知らなければならない。
私が長年この仕事をしてきて、つくづくそう思います。

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打ち合わせの大半は、映像の話ではない
企業から新しい映像制作の相談を受けます。
最初の打ち合わせで、
「カメラは何を使いましょうか」
「フレームレートはどうしましょう」
「どんなトランジションにしましょう」
などという話をすることは、まずありません。
話しているのは、クライアントの仕事です。
どんな会社なのか。
何を作っているのか。
誰に売っているのか。
競合と何が違うのか。
今回紹介する製品は何が新しいのか。
なぜ、この技術が必要なのか。
誰に理解してほしいのか。
社内では、このプロジェクトを誰が動かしているのか。
最終的に誰が承認するのか。
場合によっては、そもそもなぜ映像を作ることになったのか。
一時間の打ち合わせをして、映像の話をほとんどしないことさえあります。
それでも、その一時間は映像制作の仕事です。
ここを理解しなければ、何を作ればいいのか決まらないからです。
知らない会社の、知らない仕事を理解する
私たちのところには、いろいろな業種から仕事が来ます。
メーカー。
建設会社。
物流会社。
IT企業。
金融。
法律事務所。
大学。
研究機関。
行政。
同じ製造業でも、自動車と化学と工作機械ではまったく違います。
もちろん、その道で何十年も働いているクライアントと同じ知識を持つことなどできません。
私たちは、その業界の専門家ではありません。
しかし、
「私は映像屋なので、その辺は分かりません」
では仕事になりません。
クライアントが話している内容を理解しなければ、映像にできないからです。
しかも、ただ説明を聞いているだけでも足りません。
「それは従来の方法と何が違うんですか」
「その性能が上がると、ユーザーにはどんなメリットがあるんですか」
「なぜ今までそれができなかったんですか」
「競合他社でも同じことはできますか」
「その工程を映像で見せることはできますか」
こちらから質問しなければ、映像に必要な情報は出てきません。
その質問をするためには、相手の話を理解するための土台が必要です。
「分からない」と「何も知らない」は違う
私は、知らないことをクライアントに質問するのはまったく恥ずかしいことではないと思っています。
むしろ、分からないまま分かった顔をする方が、あとで恥ずかしい思いをします。
ただし、
「分からないので、最初から全部教えてください」
では困ります。
たとえば製造業の仕事なら、製造業がどのように製品を作り、企業間で取引し、品質を管理し、研究開発を行っているのか。その程度の大枠は知っていた方がいい。
クライアントが上場企業なら、IRとは何かくらいは知っていなければならない。私は案件相談があると、初回打ち合わせの前に、必ず最近の株式相場の変動を頭に入れます。
採用映像なら、企業がなぜ新卒と中途で違う採用活動をしているのかを知らなければ、話が噛み合わない。当然、その業界の採用事情も調べます。
行政の仕事なら、民間企業とは違う意思決定や発注の仕組みがあることを理解しておいた方がいい。
専門家になる必要はありません。
しかし、専門家に質問できるところまでは、自分で行かなければならない。
何を知らないのかが分かる程度には、知っている必要があります。
これは、職業映像制作者にとってかなり重要な能力だと思います。
社会常識が、そのまま仕事の道具になる
この仕事をしていると、一見、映像とは関係のなさそうな知識が突然役に立ちます。
経済。
法律。
政治や行政の仕組み。
科学。
産業。
労働。
教育。
環境問題。
国際情勢。
IT。
新しい技術。
そのとき社会で何が起きているのか。
もちろん、全部に詳しい人などいません。
しかし、新聞やニュースで聞いたことがある。社会で何が問題になっているかを知っている。新しい技術がどの方向へ動いているかくらいは分かる。
その程度の知識があるだけで、クライアントとの会話は大きく変わります。
「ああ、それは最近よく聞くあの話と関係がありますか」
という一言から、相手が急に詳しく説明してくれることがあります。
逆に、社会で普通に知られていることを何も知らなければ、クライアントは一から説明しなければなりません。
映像を発注したのに、なぜ自社の業界について映像制作会社を教育しなければならないのか。
そう思われても仕方ありません。
職業映像制作者にとって社会常識は教養ではありません。
仕事の道具です。
技術トレンドを知らなければ、映像の提案も古くなる
映像以外の技術についても同じです。
AI。
ロボット。
自動運転。
半導体。
クラウド。
DX。
水素。
再生可能エネルギー。
バイオテクノロジー。
クライアントの事業そのものが、新しい技術によって変わっていきます。
そこで作る映像も変わります。
たとえば、目に見えないデータ処理を説明するなら、実写だけでは難しいかもしれない。
機械の内部で起きていることなら、3DCGで可視化した方がいいかもしれない。
AIを説明するのに、人型ロボットが光っているような画を出せば、かえって内容を誤解させることもあります。
何をどう表現するかを考えるためにも、対象となる技術について最低限の理解が必要です。
映像表現のトレンドだけを追っていても足りません。
社会や産業のトレンドそのものを見ていなければ、表現方法を選べないことがあります。
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ビジネスフィールドの知見・業界別に見るBtoB映像制作
クライアント企業は、一人の人間ではない
もう一つ、企業映像では避けて通れないものがあります。
組織です。
クライアント担当者と打ち合わせをして、
「いいですね。これで行きましょう」
となった。
だから決定した。
とは限りません。
担当者の上に上司がいる。
その上に部長がいる。
広報が確認する。
法務が確認する。
技術部門が確認する。
経営層が確認する。
場合によっては海外本社が確認する。
それぞれ見ているところが違います。
技術者は、
「この説明では正確ではない」
と言う。
広報は、
「この表現はブランドイメージと合わない」
と言う。
法務は、
「その言い方は避けてください」
と言う。
経営者は、
「そもそも、この映像で何を言いたいの?」
と言う。
全部、あり得ます。
だから、担当者一人を満足させれば仕事が終わるわけではありません。
誰が関係するのか。
誰が決めるのか。
誰がどこを見るのか。
どの段階で確認してもらうのか。
それを考えながら制作を進めます。
これは映像技術ではありません。
しかし、これを間違えると、どれだけ優れた映像を作ってもプロジェクトは止まります。
【関連記事】
人の言葉の裏側を読む
さらに面倒なのは、人です。
クライアントが、
「もう少しインパクトが欲しい」
と言った。
では、何を直せばいいのでしょう。
カットを短くするのか。
音楽を派手にするのか。
CGを増やすのか。
色を強くするのか。
そもそも、そんな話ではないかもしれません。
「思っていたものと違う」
という意味かもしれない。
社内で上司から何か言われたのかもしれない。
競合企業の映像を見て、急に不安になったのかもしれない。
あるいは、本人も何が違うのか説明できていないのかもしれません。
以前、私は「クオリティ」という言葉について書いたことがあります。
試写でクライアントから、「クオリティが……」と言われる。
しかし、その言葉が必ずしも映像の出来栄えそのものを指しているとは限りません。
期待していたものと違う。
事前に想像していた表現品位と違う。
予算と出来上がる映像の関係について、十分な合意ができていなかった。
そうした問題が「クオリティ」という一言になって現れることがあります。
ここで必要なのは、編集ソフトの技術ではありません。
相手が本当は何を問題にしているのかを読み取る力です。
映像制作ガイドブック記事
クライアントの言葉を、そのまま映像用語へ変換しない
クライアントは、映像の専門用語を使って話してくれるとは限りません。
「もっと重厚に」
「ちょっと安っぽい」
「なんか弱い」
「もっと未来っぽく」
「うちの会社らしくない」
「もう少しスピード感が欲しい」
こういう言葉が出てきます。
これを、
「分かりました。カットを短くしましょう」
とすぐに映像上の処置へ変換すると間違えます。
なぜ弱く感じるのか。
何と比べて安っぽいのか。
「未来っぽい」とは、その人にとって何なのか。
「会社らしい」とは何を指しているのか。
一度戻って考える必要があります。
クライアントの言葉は、症状を表していることがあります。
プロデューサーは、そこから原因を探します。
そして原因が分かってから、初めて映像の方法へ変換します。
これも、この仕事の重要な部分です。
映像の話ができるだけでは、足りない
こうして考えると、職業映像制作者に必要な知識は、ずいぶん広範です。
映像技術を知っている。
それは当然です。
しかし同時に、社会の仕組みを知っている。
企業がどう動くのかを知っている。
人が組織の中でどう振る舞うのかを知っている。
世の中で何が起きているのかを知っている。
新しい技術がどこへ向かっているのかを知っている。
そして、知らないことに出会ったとき、何を調べ、誰に何を聞けばいいのかが分かる。
こうしたものが全部、仕事の中で使われます。
職業映像制作者は、映像の専門家です。
しかし、映像の世界だけに閉じこもっていることが許されない専門家でもあります。
クライアントがいる世界へ、こちらから入っていかなければならないからです。
ここまで来ると、ビジネス案件の金額が単純に「撮影代+編集代」で決まっているわけではないことも、少し見えてくると思います。
クライアントは、カメラを操作する時間だけにお金を払っているわけではありません。
編集ソフトを操作する時間だけに払っているわけでもありません。
では、いったい何にお金を払っているのか。
私は、そこに職業映像制作者という仕事の本質があると思っています。
次章では、クライアントは映像制作会社から何を買っているのかを考えてみます。
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