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神聖な領域「カメラ前」とダッチアングル事件

映像制作現場の中でも、天王山と言えるのが撮影です。

機材が常設されているテレビスタジオ以外のスタジオ撮影、ロケーション撮影においては、撮影機材、照明機材、大道具、小道具の搬入、セットアップが必要です。

撮影現場に運び込まれる資材は、撮影機材の多くは高価な精密機器ですし、大道具小道具は見た目美しく、かつ一般的な家具や装飾品より軽量で華奢なつくりになっています。


つまり壊したり、汚したりすると撮影が始まらない大切なものばかりです。かと言って、時間に余裕がある現場は少ないものです。従って、搬入、セットアップをするスタッフは慎重な中にも、可能な限り迅速な作業を行います。




すべてを支配する「カメラ位置」


そこで問題になるのが、優先順位です。もちろん撮影場所の大きな面積を占める大道具がある場合は、それらを最初に設置組み立てすることは多いものの、実際には「カメラ位置」がすべての物の配置を決める支配権を持っています。これは「良い絵を撮る」「目的としている絵を撮る」ためにフレームを決めることが何よりも重要だからです。


ですから、多くの場合、スタッフ一同が機材を乗せたトラックとともに現場に到着すると、まずは制作進行が、ディレクターに「カメラ位置をどこにしますか?」と尋ね、ディレクターはカメラマンに「どこがいいでしょうね?」と相談します。


ディレクターとカメラマンが現場の状況をチェックしながら相談している間は、大きな機材は車から降ろすものの、現場への搬入は待ちます。ディレクターはプロデューサークライアントから伝えられている制限事項や現場の安全管理、円滑な制作進行も考慮に入れて、最初のカメラ位置を決めます。当然カメラ位置が香盤表によって移動することも計算に入れます。出演者がある撮影の場合、主演者の立ち位置の決定が優先します。カメラ位置はその位置と相対的に決まります。


カメラ位置と出演者の立ち位置が決まると、そこに三脚だけ立てるとか、箱馬(木製箱状の万能台)を置くなどして目印とします。これと同時に、すべての機材、物品の搬入が始まります。カメラ位置の次に決まるのが、撮影機材に繋がる収録、調整機器の場所。

照明機材は搬入はするものの、設置位置は被写体となるものの位置角度や、演出意図によって変わるので、現場の中でも明らかにカメラのフレームに入らない位置に仮組みし、基幹となる電源を確保して待機します。



フレーミングが決まる瞬間


概ね資機材の搬入が終わり、それぞれの組み上げが終わりに近づくと、カメラアシスタントが三脚にカメラを乗せます。ビデオエンジニアはケーブルを繋ぎ電源を入れ、簡単な調整をすると、カメラマンはビューファインダーあるいはモニターを覗き、最初のショットのためのフレーミングを試みます。そこへ出演者や演出プランを確認していたディレクターがやってきます。出演者がある場合は、ADなどが最初に決めた立ち位置にスタンドイン(出演者の代役)します。


「どう?どんな構図になる?」というような問いかけをし、カメラマンがあれこれとフレーミング案をモニターに映し出し、プランを示し、ディレクターが「じゃあ、これで行きましょう」とプロデューサーに最終確認をしたら、現場は一気にそのフレームに映る範囲を最高の状態で撮影できるよう、機材を設置、調整を始めます。



殺気立った現場で飛び交う「かめらまえ」


さて、今日の記事のテーマはここです。

こうした撮影現場の準備が佳境に入ってくると、自分の職務に集中するあまりに、カメラレンズの前を通ったり、立ち塞がることがあります。こうした時に言う言葉が「カメラ前!」です。カメラマンが言うこともありますし、画像の調整をしているエンジニアも言いますし、モニターを見ながら指示を出している照明技師が叫ぶこともあります。

これは、フレーミングが決まって、それに向かって大勢のスタッフがそれぞれの責務のために集中している、最も殺気立った時間に起こります。


「カメラ前」の発音は、決して「前」にアクセントがある普通の言い方ではなく、「かめらまえ」と平板に発音するところがミソです。これを発するスタッフは毒を吐きたい気持ちを抑えて、嫌味を込めて言っていることがわかります。



もうひとつの「カメラ前」事件——報道現場


実は「カメラ前」問題が起こるシチュエーションはもうひとつあります。

事件現場や記者会見などの報道取材(撮影)です。


事件現場で規制線が張られていたり、カメラ位置が示されている記者会見会場では、早い者勝ちのルールは鉄則です。先に置かれている三脚の前に陣取るのはルール違反です。そうしたルールを無視して前に出ると、カメラの視野を塞がれたカメラマンから飛んでくる言葉が「カメラ前!」です。こうした輩には周辺のカメラマンからも刺すような視線が浴びせられ、すごすごと下がる風景を時々目にしたものです。


ただし、撮影が早めにうまく行くと(いわゆる撮れ高が満たされる)、後ろにいたカメラマンに場所を譲るなどの譲り合いの精神も、プロ同士にはあります。


カメラ前!と叱責されるカメラマン


崩壊した暗黙のルールと「ダッチアングル事件」


ところが近年はネットメディアの参入によって、従来の暗黙のルールは完全に霧散し、無法地帯と化しているようです。最近の事件では、眼前を塞がれたカメラマンが隙間から苦肉の策で撮ったカットが「意図的なダッチアングルだ!」と批判を浴びた事件がありました。私もそのニュース映像を見ましたが、記者会見の部分の斜めのカットは明らかにカメラ前を塞がれたショットでした。



フレームは神聖な領域


このふたつの例からわかるように、カメラの前にあるもの、つまりフレームの中はカメラマン(そして制作者すべて)にとって神聖な領域です。だからこそ「かめらまえ」という平板な発音には、その聖域を侵した者への、プロフェッショナルたちの静かな怒りが込められています。

その怒りは、制作現場でも報道現場でも変わりません。フレーム(画:え)を守ることは、映像制作の根幹を守ることに他ならないからです。


【執筆者プロフィール】

株式会社SynApps 代表取締役/プロデューサー。名古屋を中心に、地域企業や団体のBtoB分野の映像制作を専門とする。プロデューサー/シナリオライターとして35年、ディレクター/エディターとして20年の実績を持つ。(2025年10月現在)

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