インカメラVFX
「インカメラVFX(In-Camera Visual Effects)」とは、高解像度LEDディスプレイウォール前に配置した俳優や物体(前景)と、LEDパネル上に表示される背景映像を、カメラの位置・角度情報と同期させることで、撮影時に光学的合成を完成させるシステムです。
1.従来手法との革新的な違い
従来の映像制作では、俳優はグリーンバック(緑色の背景)の前で演技し、後から背景を合成していました。この手法では、俳優は完成映像を想像しながら演技する必要があり、照明も背景に合わせて後から調整していました。これに対し、インカメラVFXでは、俳優が実際の背景映像を見ながら演技できるため、より自然でリアリティに富んだ演技が可能になります。
背景映像には、リアルタイムレンダリングされた3DCGのほか、事前に特殊カメラで撮影された実写映像(トラッキングデータ付き)も使用できます。
インカメラVFX収録では、撮影カメラに搭載されたトラッキングセンサーが空間座標データを秒間数十回送信し、映像処理システムが瞬時に視差補正された背景映像をLEDパネルに出力します。これにより、背景映像を捉える(仮想)カメラと、被写体を捉えるカメラの環境を一致させ、光学的に違和感のないVFX(Visual Effects)を撮影時点で完成させることができます。
従来必要だったポストプロダクション工程は大幅に短縮できますが、背景映像としての3DCG制作と、リアルタイムレンダリング技術には課題が残っています。
2.技術の核心的仕組み
この技術の核心は、巨大なLEDディスプレイウォールと高性能なコンピューターグラフィックス(CG)エンジンの精密な連携にあります。撮影スタジオの背景に設置されたLEDパネルに、3DCGで作成された仮想空間や背景映像をリアルタイムで表示します。重要なのは、このCG映像がカメラの位置、角度、ズームレベルと完全に同期している点です。
カメラが左に動けば、LEDディスプレイに映る背景も適切な視差で変化し、まるで実際にその場所で撮影しているかのような自然な映像を生み出します。これは、カメラに取り付けられたセンサーが位置情報を秒間数十回という高頻度でコンピューターに送信し、リアルタイムレンダリングエンジンが瞬時に背景映像を調整することで実現されています。
3.LEDディスプレイが担う照明機能と技術
インカメラVFXにおけるLEDディスプレイは、単なる背景表示装置を超えて、撮影時の照明器具としての重要な機能を担います。ディスプレイから発せられる光は俳優や小道具を直接照らし、背景映像の色温度、明度、光の方向性が自動的に前景の被写体に反映されます。夕日のシーンであれば暖色系の光が俳優の肌を温かく照らし、森林の背景なら緑がかった環境光が全体を包み込むといった、自然な照明環境が物理的に再現されます。
しかし、LEDディスプレイからの光のみでは撮影に十分な光量や立体感を得ることは困難です。そのため実際の撮影では、LEDパネルへの反射を避ける角度に配置された補助照明、背景映像の色温度変化に追従する動的色調整システム、俳優の輪郭を強調するシルエットライト、偏光フィルターによる反射制御など、従来のスタジオ照明技術とインカメラVFX特有の制約を両立させる高度な照明設計が不可欠となります。この統合的なライティングシステムにより、ポストプロダクションでの色補正作業を大幅に削減し、撮影時に完成映像に近い自然な照明効果を実現しています。
4.主要な優位性
制作期間の劇的な短縮
従来であれば数ヶ月を要するポストプロダクション作業の多くが撮影時に完了するため、編集から完成までの時間を飛躍的に短縮できます。
コスト効率性の大幅な向上
遠隔地でのロケーション撮影や大規模なセット建設が不要になり、天候に左右されることなく安定した撮影が可能です。
創作過程における柔軟性の飛躍的向上
監督や撮影監督は撮影現場で完成映像に近い状態を確認でき、必要に応じてその場で演技や構図の調整を行えます。
5.応用分野と将来展望
この技術はハリウッド映画から始まり、テレビドラマ、CM制作、さらには自動車業界のプロモーション映像まで幅広く活用されています。日本でも大手制作会社による導入が進んでおり、今後は中規模な制作現場での普及も予想されます。
将来的には、LEDディスプレイの高解像度化、レンダリング技術の進歩、AI技術との融合により、さらに高品質で効率的な映像制作が実現すると期待されています。
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【関連情報】
1. カメラトラッキング
リアルカメラの位置と動きを仮想空間内バーチャルカメラと同期するための技術。インカメラVFXの基盤となる技術で、カメラの位置・姿勢情報とレンズデータをリアルタイムに高精度で出力することで背景映像との完璧な同期を実現します。
2. リアルタイムレンダリング
カメラトラッカーとリアルタイムレンダリングを使用した手法により、カメラの動きに応じて瞬時に背景映像を生成・更新する技術。フレームドロップや遅延は致命的な問題となるため、高性能な処理能力が必要です。
3. LEDウォール同期
高精細LEDディスプレイに3DCGで制作した情景(仮想世界)を映し、仮想世界と同期させたカメラで被写体と一緒に撮る技術。LEDパネルの色温度、輝度、リフレッシュレートの精密な制御が映像品質を左右します。
4. フラストラムカリング
カメラの視野角に基づいて、見えない部分のレンダリングを省略する最適化技術。リアルタイム処理の負荷軽減と安定したフレームレートの維持に不可欠です。
5. マッチムーブ
実写カメラの動きとCG空間内のバーチャルカメラの動きを完全に一致させる技術。グリーンバックでカメラトラッカーとリアルタイムレンダリングを使用した手法と全く同じ技術を応用し、自然な視差効果と遠近感を実現します。

