“言わなくても伝わる”と思わない
- 神野富三

- 18 時間前
- 読了時間: 2分
「写真には、被写体に対するカメラマンの愛情が表れる」そんな言葉を耳にすることがあります。同じことは、映像制作にも言えるのではないでしょうか。私たちは、映像の仕事にもまた“愛情”が深く関わっていると考えています。
伝えたいという熱意と思い遣り
請負としての映像制作業は、映像を通じて「企画者の意図を伝える」仕事です。そのために必要なのは、単なる技術ではありません。
求められるのは伝えるチカラと、対象に対する想像力。
言い換えれば、「伝えたいという熱意」と「相手への思い遣り」です。
「言わなくてもわかるだろう」という危うさ
世の中には、「そんなこと、言わなくてもわかるだろう」という態度に出る人もいます。
しかしそれは、自分と同じ価値観を相手に求め、異なる理解や背景を持つ人を排除してしまう考え方です。
世界には、無数の価値観があります。それを知らずにいると、人は無意識に他者を傷つけてしまう。
映像は、不特定多数に届くものだからこそ、この前提を無視することはできません。
交渉なくして、伝達は成立しない
「伝えるチカラ」とは、単に説明が上手いことではありません。
異なる価値観を前提に、共通の理解点を見つけ出す“交渉力”です。
そこには必ず、相手の立場や信条に対する想像力が必要になります。
どこまで踏み込めるか
どこから先は踏み越えてはいけないか
どこまで歩み寄れるか
その見極めと調整の繰り返しが、最終的な「伝わる映像」を形づくります。
これは、互いに自分を開示する覚悟と、相手を理解しようとする熱意がなければ成立しません。
映像制作という仕事の向き・不向き
言葉を惜しむことは、効率的に見えるかもしれません。しかしそれは裏を返せば、他者への想像力を放棄することでもあります。
映像制作業において、それは致命的です。
※もちろん、個人の内面から生まれる表現としての映画は成立します。しかし、クライアントの意図を伝える映像は別の仕事です。
愛情が、映像の質を決める
結局のところ必要なのは、「伝えるチカラ」と「想像力」。
そしてその根底にあるのが、「熱意」と「思い遣り」です。
言い換えれば、それは“愛情”。
誰かに何かを伝えようとする行為の根底には、必ず相手への関心と理解しようとする姿勢があります。
映像制作業とは、その愛情の量と質が、そのまま画として現れる仕事です。
私たちは、技術だけでなく、この“愛情”をもって映像制作に向き合います。

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