映像制作の相見積、仕様書を揃えれば公平に比較できる?
- 神野富三

- 2 時間前
- 読了時間: 7分
企業で映像制作の発注を担当することになり、複数の制作会社から見積を取る。そのために「まず仕様書を作らなければ」と考える方は多いと思います。
ところが映像制作の仕様書には、少し難しいところがあります。
まだ作る映像が決まっていないのに、その映像の「仕様」を書かなければならないからです。

そこで「5分程度」「社員3名にインタビュー」「撮影2日」「アニメーションを使用」といった条件を決めれば、仕様書らしいものは作れます。しかし、それらは本来、制作目的や企画、シナリオから導き出されるものです。
反対に、目的や予算だけを書いて制作会社へ渡せば、各社はまったく違う映像を想定して見積を作るかもしれません。では、発注担当者はどこまで決めて、制作会社へ何を渡せばよいのでしょうか。知っておいていただきたいのは、
発注者側でどこまで映像の内容が決まっているかによって、仕様書の性質も、制作会社に求めるべき提案も変わることです。
① 目的や条件しか決まっていないなら「オリエンテーションシート」
「採用活動に使いたい」「学生に仕事内容を理解してもらいたい」「会社説明会とWebで使用する」「予算は300万円程度」「来年2月までに完成させたい」。
この程度までしか決まっていないのであれば、無理に尺や制作手法を決める必要はありません。
この段階で制作会社へ伝えるべきなのは、制作の背景、目的、対象者、伝えたい内容、使用方法、予算、納期、社内事情や制約などです。
これは制作仕様を規定する「仕様書」というより、私たち制作会社から見ればオリエンテーションシートに近いものです。
行政機関などでは、この段階の文書にも「映像制作業務委託仕様書」といった名称が付けられていることがあります。しかし、「○○について分かりやすく伝える」「約3分」「mp4で納品」といった条件だけでは、実際にどのような映像を制作するのかは決まりません。
既存の写真や映像を中心に編集することもできます。数日間のロケを行うこともできます。出演者を使った演出映像にすることもできます。
したがって、この段階で制作会社へ求めるべきことは、見積書の提案だけではありません。
「この目的と予算なら、どのような映像を作るのか」という企画案と、その企画を実現するための見積書をセットで提案してもらう必要があります。
ここで比較するのは「A社200万円、B社250万円」という価格だけではなく、A社の企画なら200万円、B社の企画なら250万円という提案全体です。

② 企画まで決まっているなら「シナリオ+見積」を求める
もう少し話が進んで、「若手社員の仕事を追いながら会社を紹介する」「製造・開発・営業の3職種を取り上げる」「社員自身の言葉を中心に構成する」といった企画まで決まっている場合があります。
映像の方向性はかなり見えてきました。
しかし、これでも制作費を正確に算出するには情報が足りません。
誰をどこで撮るのか。どんな仕事の場面を撮るのか。何カ所で撮影するのか。どのような順序で見せるのか。何日間の撮影が必要なのか。
実際には、シナリオを作ってみなければ分からないことがたくさんあります。
したがって、この段階で制作会社へ見積を依頼するのであれば、企画をもとにシナリオ案と、そのシナリオを制作するための見積書を提案してもらうことになります。
①より条件は揃っていますが、まだ純粋な価格比較にはなりません。
各社が異なるシナリオを提案すれば、撮影内容も制作方法も異なるからです。
ここで比較するのは、シナリオと価格の組み合わせになります。

③ シナリオと制作条件まで決まって、ようやく「仕様書」になる
シナリオがあると、ようやく一般的に想像する仕様書に近づきます。
撮影場所、撮影日数、出演者、スタッフ体制、CGやアニメーション、ナレーション、成果物など、制作費を左右する条件が設定されるからです。
各社はかなり近い条件で積算できます。
同じシナリオ、同じ撮影日数、同じようなスタッフ構成、同じ成果物という条件であれば、A社はいくら、B社はいくら、という価格比較にも一定の意味が出てきます。
ところが、ここで一つ問題があります。
そのシナリオは、誰が作るのでしょうか。

「相見積のためのシナリオ」を誰が作るのか
一般企業の中に、映像制作のシナリオを作成し、そこから撮影や編集、CGなどの制作仕様まで設計できる人がいるケースは多くありません。
だから制作会社に相談するわけです。
しかし、シナリオ作成は見積書を作るための無料の準備作業ではありません。
企業について調べ、担当者から話を聞き、何を伝えるべきかを考え、構成を作り、必要な撮影を考え、それを映像として成立するシナリオにする。これは制作会社が提供する仕事の一部です。
一社にシナリオを作ってもらい、それを他社へ渡して相見積を取るのであれば、そのシナリオ制作をどのような業務として発注し、その費用をいつ支払うのかという問題が生じます。
逆に、複数社それぞれにシナリオを提案してもらえば、また②に戻ります。シナリオが違う以上、見積対象となる映像も違います。

同じ条件で価格を比較するためには仕様を確定したい。仕様を確定するためにはシナリオが必要になる。しかし、そのシナリオを作ること自体が映像制作の仕事である。
映像制作の相見積には、こうした難しさがあります。
しかも、同じシナリオでも見積は完全には揃わない
さらに、シナリオが同じでも、制作会社によってその読み方が違うことがあります。
たとえばシナリオに、
早朝の工場。社員たちがそれぞれの持ち場につき、製造ラインが動き始める。
と書かれていたとします。
制作会社は、ここから撮影時間、カメラポジション、照明の必要性、社員の動き、必要なカット、撮影スタッフなどを考えます。
しかし、その判断は制作会社によって同じではありません。
最小限のスタッフで実際の始業風景をドキュメンタリー的に撮る会社もあれば、照明を仕込み、複数のカメラを配置して、社員の動きまで演出する会社もあるでしょう。
どちらもシナリオから逸脱しているとは言えません。

シナリオは「何を表現するか」をかなり具体的にしますが、それをどの程度の制作体制と映像品位で実現するかまでは完全には規定できないからです。
撮影日数、スタッフ数、使用機材、照明、美術、演出方法まで細かく指定すれば、見積条件はさらに近づきます。
しかし、そこまで発注者側で決めてしまえば、今度は制作会社が持っている制作ノウハウや表現力、予算配分の工夫を発揮する余地がなくなっていきます。
では、映像制作会社を何で比較すればよいのか
ここまで読むと、
「結局、映像制作では公平な相見積はできないのか」
と思われるかもしれません。
同じ条件に近づけることはできます。しかし、映像は規格品ではありませんから、価格だけを純粋に比較できるところまで条件を揃えることには限界があります。
そこで私たちが、発注担当者の方にぜひ見てほしいものがあります。
それは、見積書が提出されるまでの制作会社とのコミュニケーションです。
どんな質問をしてきたでしょうか。
御社の事業を理解しようとしたでしょうか。なぜ映像が必要なのかを聞いたでしょうか。「誰に」「何を」「どう伝えるか」を言葉にして説明できたでしょうか。
「この条件ならできます」だけではなく、「この方法では目的を達成しにくい」「ここには予算を使った方がよい」「これはむしろ不要ではないか」と、プロとして必要な意見を言ったでしょうか。
そして何より、自分たちが何を作ろうとしているのかを、映像制作の専門家ではない発注担当者にも分かる言葉で説明できたでしょうか。
映像は、契約時点ではまだ存在していません。
だから発注担当者は、完成品を見比べてから発注先を選ぶことができません。仕様書や見積書だけでも、制作会社の仕事のすべてを比較することはできません。
その代わり、発注までの打ち合わせの中には、その会社の仕事の仕方がすでに表れています。

理解する力、質問する力、考えを言語化する力、説明する力。そして、受注した映像を最後まで完成させる仕事に対する責任意識。
見積金額とともに、そこを比較してみてください。
映像制作会社とのコミュニケーションは、発注するための単なる事前手続きではありません。
その会社に映像制作を任せてよいかを判断する、最初の制作プロセスでもあるのです。



