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ホーム / 映像制作会社の資料室 / 映像制作ガイドブック(フィードページ)


完璧なのに感動しないシネマティック動画の正体
なぜ完璧な動画なのに心が動かないのか?「映画みたい」と言われる映像に欠けているものの正体を、プロの映像制作者が解説。技術習得の先にある、本当の表現力とは何かを考えます。


DXが単なるIT導入に終わる背景 - 映像が加担する誤謬
DXの本質が伝わらないのは、映像が“見えるもの”だけを切り取る宿命を持つから。映像制作とDX推進の現場で起きる誤解の構造を解説し、変革を正しく描くためのナラティブ手法を紹介します。


「ま」がもたらす無限の感動ー映画「国宝」を鑑て
映画『国宝』の一場面をきっかけに、「間(ま)」という目に見えないリズムを考える。歌舞伎の所作や効果音に宿る“呼吸”は、映像制作者が本能的に操るタイミングそのもの。計算ではなく感覚で生まれる——映像の中の静けさと躍動をめぐるエッセイ。


3D脳を持つ映像制作者の苦悩
私は3Dを2Dに変換できないという独特な視界を持っています。それは、絵画やデザインの世界では必ずしも有利とはいえないかもしれませんが、映像制作者として、私の強みになると信じています。


テロップが小さい!と言われた時の、よくある対処法とその顛末
NHK朝ドラの新シリーズ「ばけばけ」が始まり、タイトルバックのスタッフのテロップが小さすぎるという指摘が多いようです。私を含め、この問題を指摘する人々が抱える深刻な心情を解説します。


映像制作のおける「飾らなさ」という価値観の多面性
実は「飾らない表現」は、映像制作におてよりシビアな技術力を必要とします。自然な光で、しかし製品の質感をしっかりと捉える。作為的でない、しかし訴求力のある構図を組み立てる。そこには、名古屋のものづくりに通じる精神が生きています。


「動画は情報量が格段に多い」はいいことばかりじゃない
映像はビット量が多いという物理的な事実において間違っていません。しかし単純に情報量の多さを優位性として捉えることが適切とは言えません。メディアには特性があり時には情報量が少ないことが逆に利点となる場合もあります。伝達したい内容や目的に応じて適切なメディアを選択することが重要です。


「映像は情報量が圧倒的に多い」は本当ですか?
「映像は情報量が圧倒的に多い」を真に受けてはいけません。人間の脳みそが気持ちよく情報を理解するスピードは、プロのナレータが噛んで含めるようにしゃべるスピードで読む原稿、その原稿のテキストの情報量/時間が、ちょうど人間の理解のスピードだと思ってください。


カーボンニュートラル(脱炭素)におけるカーボンフットプリントとカーボンオフセットの理解
企業PR映像制作者の必須知識。カーボンニュートラル(脱炭素)、カーボンフットプリント、カーボンオフセットの正しい理解は企業メッセージを映像化するために重要です。正確な情報と透明性をもって制作すれば、企業の環境姿勢を効果的に伝え、視聴者の信頼を獲得できます。逆に、表面的な演出や不正確な情報は、ブランドイメージを損なうリスクがあります。


メリット・デメリット表現の欺瞞と提言 - 文章の場合/映像の場合
WEB記事に氾濫する「メリット・デメリット」表現の安易な使用は情報の質を低下させ、読者を意図的に誘導する危険があります。それは映像コンテンツも同様です。名古屋の映像制作会社プロデューサーが、この危険性を説明し、制作担当者へ提言します。


私の映像制作における「対話」
映像制作においても対話は重要です。対話とは単に自分の意見を主張することだけではなく相手の意見に耳を傾けその意見がなぜ生まれたのか、その背景にある考え方や価値観を理解しようとする努力です。


無作為思想の拡大 - ズームとかパンはもう古い? - 映像作家の存在理由
カメラワークのパンニングやズーミングはもう時代遅れのものでしょうか。今なお拡大し続けている映像作家の「無作意思想」は、視聴者に何を求めているのでしょうか。映像制作者としての我々のRaison d'etreはどこにあるのか、あらためて考えてみたいと思います。


欲望取引の時代の映像制作者の使命
インターネット・SNSが資本主義経済の根幹である貨幣価値を、欲望自体に置き換えました。私たちは人間の本質的な価値とは何か、真の幸福とは何かを改めて問い直し、テクノロジーと人間の欲望が調和した、持続可能で人間らしい社会の構築を目指さなければなりません。それは、貨幣価値を超えた、より深いレベルでの人間性の再定義と、新たな倫理の構築を必要とする、かつてない経験です。


再生ボタンの二等辺三角形はなぜ右に倒れたのか?たぶんこうだったんじゃないか劇場
今私たちが日常的に目にする動画のサムネイルには、必ず二等辺三角形が右に倒れて置かれています。ポチッとクリックすると動画の再生が始まる「再生ボタン」です。その右向きの三角形は、私たちに「再生」という行為を直感的に伝えています。しかし、なぜ再生ボタンは右向きなのでしょうか?その起源を探ると、技術、デザイン、そしてさまざまな文化が影響していることがわかります。


生成AIと映像づくりのプロトコル
言語が世界に数多くあり、言葉の意味も時代とともに変化する様に、映像の文法も無数に存在し映像言語は絶えず変化しています。生成AIの進化がこれを明文化する日がくるかもしれませんが、映像づくりのプロトコルを進化させるのは、あくまで人間にしかできない技であることを忘れてはいけません。


映像演出に含まれる7つの哲学領域
映像演出とは目的論、美学、記号論、解釈学、現象学、受容理論、倫理学など、様々な哲学的な領域を通じて、単に映像を作るだけでなく、意図的なコミュニケーションを通じて、人々の感情や思考に働きかけ、行動を促すための行為といえます。


映像制作における字幕の機能 - 映像を語るもう一つの言語
音声を消した視聴スタイルへの対応としての字幕表示が一般的ですが、字幕をひとつの映像表現要素として捉え直せば、さらに多様な演出が可能になり、より効果的なメッセージの発信が可能になります。一方で文字の氾濫を憂慮する声も強くあり、制作する映像コンテンツに応じた対応が求められます。


ドラマ「SHOGUN 将軍」と映像の字幕文化
ドラマ「SHOGUN 将軍」が作品賞に選ばれたそうです。動画配信サービスの普及で米国でも字幕文化の土壌ができたという評があります。一方日本では字幕過剰現象がおきています。


映像制作のセンスと美の基準要素
デザインの基準要素を知っていれば優れたデザインを創作できる訳ではありません。映像の創作センスがある人は、基準要素を言語のように体得していて無意識のうちに言葉を喋るように制作しているのだと思います。まずは自分が美しいと感じる感覚を、自身で言語化してみると良いかもしれません。


ゆらぎを信じて・私の映像制作指針
私は自分自身の「ゆらぎ」を恐れず、そのゆらぎを映像制作に取り入れようと思います。なぜなら、視聴者の感情は定型では説明できないゆらぎを持っているのですから、伝える側も自分のゆらぎを利用して創作することで、もしかしたら視聴者とピッタリと波長を合わせることができるかも知れないからです。
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