映像撮影・編集におけるロング系ショットサイズの用語使い分け
- Tomizo Jinno

- 2 時間前
- 読了時間: 9分
はじめに
映像制作では、撮影時にさまざまなショットサイズ(フレーミング)を組み合わせ、編集段階でそれらを効果的につなぎ合わせることで、視聴者に物語を伝えます。広い景色を映したかと思えば、次の瞬間には人物の表情をクローズアップで捉える――こうした画角の変化が、映像に変化とリズム、そして物語を生み出し、観る人を引き込んでいきます。
特に、編集において場面の導入部分に配置される「エスタブリッシングショット」は、視聴者に「今、どこで何が起きているのか」を示す重要な役割を担っています。撮影現場では「ロングで撮っておいて」「もっと引きで」といった指示が、編集室では「このショットをエスタブリッシングショットにしよう」「マスターショットから始めて」といった会話が交わされます。
しかし、「ロングショット」「フルショット」「引き」「エスタブリッシングショット」「マスターショット」など、漠然と効いていると似ているような印象があり、それぞれの違いや使い分けは、映像制作に詳しくない方には理解しづらいのが現状です。また、撮影時の呼び方と編集時の呼び方が異なる場合もあり、混乱を招く要因となっています。
そこで、撮影から編集までの流れを意識しながら、これらのフレーミング用語について、それぞれの意味と相互の関係性を解説します。用語の背景にある考え方を理解することで、映像がどのように構成されているのかが見えてきます。

各ショットの定義
最も広い範囲を捉えるショットで、広大な景観や都市全体、建物の外観などを映します。人物が含まれる場合は非常に小さく、ほとんど点のように見えます。
撮影時:スケール感や地理的な位置関係を示すために使用されます。
編集時:シーンの導入や場面転換に配置されることが多く、「エスタブリッシングショット」として機能します。
被写体とその周囲の環境を広く捉えるショットです。人物の場合、全身が画面に収まりますが、周囲の空間が大きく含まれます。人物は画面の一部であり、環境や場所の情報が重要な要素となります。
撮影時:アクションや移動、複数人物の位置関係を記録するために撮影されます。
編集時:シーン全体の流れを見せる「マスターショット」として、または場所を提示する「エスタブリッシングショット」として使われます。
1.3 フルショット(Full Shot / FS)
人物の頭から足先まで全身を画面に収めるショットです。ロングショットよりも被写体に近く、人物が画面の主要な要素となります。周囲の空間は適度に含まれますが、焦点は人物の全体像にあります。
撮影時:人物の動作、衣装、姿勢を明確に記録します。
編集時:人物の全体像を見せつつ、周囲の状況も伝えたい場面で使用されます。
1.4 フルフィギュア(Full Figure)
フルショットとほぼ同義の用語で、人物の全身を捉えることを強調した表現です。演劇やダンスの撮影で特に使われることがあり、「人物の完全な姿」を意味します。実質的にはフルショットと区別されていません。
1.5 マスターショット(Master Shot)
シーン全体を一つの連続したショットで捉える基本撮影です。通常、ロングショットまたはフルショットで撮影され、そのシーンの全体像、登場人物の配置、空間構成、アクションの流れを記録します。
撮影時:シーン全体を通して回し続ける「保険」としての役割があります。
編集時:このショットを「基準」として、クローズアップやミディアムショットを挿入しながら最終的な映像を構成します。撮影技法・編集概念を示す用語であり、画角の種類ではありません。
新しい場面や場所を提示するための導入ショットです。通常、エクストリームロングショットまたはロングショットで撮影され、視聴者に「いつ」「どこで」物語が展開されているかを示します。
撮影時:場所や時間帯の情報を含むショットとして意識的に撮影されます。
編集時:シーンの冒頭に配置されることが多く、時間帯、季節、地理的位置などの情報を伝えます。これも撮影の目的・機能を示す用語です。
1.7 引き
日本の映像業界で使われる用語で、広めの画角全般を指す現場用語です。ロングショットやフルショットなど、広い範囲を捉える画角に対して使われます。
撮影時:「引きで撮る」「引きの画」「引きのカット」という使い方をします。
編集時:「ここは引きの画を使おう」といった形で、広めの画角のショットを指します。
動作を表す場合は「引く」「引いていく」といった動詞形を使います。「カメラを引いていく」はカメラを後退させたり、ズームアウトすることで画角を広げる動作を意味します。

相互の違いと関係性
2.1 距離による分類(遠→近)
エクストリームロングショット:最も遠い
ロングショット:遠い
フルショット/フルフィギュア:中程度の距離
この3つは被写体との物理的距離に基づく分類です。撮影時にカメラをどこに配置するかを決める際の基準となります。
2.2 フルショット vs ロングショット
フルショット:人物が画面の主役。全身が明確に見え、人物の表情や動作に焦点
ロングショット:環境が重要。人物は全身が入るが、周囲の空間や背景がより強調される
編集時には、人物を強調したいか、環境を見せたいかによって使い分けられます
2.3 フルショット vs フルフィギュア
実質的に同義語です。地域や業界、個人の好みによって使い分けられますが、技術的な違いはありません。どちらも「人物の全身を画面に収める」という意味です。
2.4 機能による分類(目的を示す用語)
マスターショット:撮影時にシーン全体を記録し、編集時の基準となる撮影
エスタブリッシングショット:編集時に場所や時間を提示するために配置される導入的な撮影
これらは撮影・編集における目的や機能を示す用語であり、画角の種類ではありません。マスターショットは通常ロング〜フルショットで撮影され、エスタブリッシングショットは通常エクストリームロング〜ロングショットで撮影されます。
2.5 「引き」について
「引き」は名詞として使われる日本語の現場用語で、広めの画角全般を指します。撮影・編集の両方の現場で使われる、柔軟性の高い用語です。
撮影現場での使用例(名詞):
「引きで撮る」
「引きの画も押さえておいて」
「引きのカットが足りない」
編集室での使用例(名詞):
「ここは引きの画を使おう」
「引きから寄りへつなげる」
動作を表す場合は動詞形「引く」「引いていく」を使います:
「カメラを引いていく」:カメラを後退させる、またはズームアウトする動作
「もっと引いて」:画角を広げる指示
英語の技術用語のように厳密に定義されておらず、文脈によって意味が変わる柔軟な用語です。
撮影と編集における使い分けの実例
3.1 撮影段階
撮影現場では、以下のような意識でショットが撮られます:
エクストリームロングショット/ロングショット:場所の情報、空間の広がり、複数人物の配置を記録
フルショット:人物の全身の動きや衣装を記録
マスターショット:シーン全体を一続きで撮影し、編集時の「保険」とする
「引き」での撮影:広めの画角で、編集時の選択肢を確保
3.2 編集段階
編集室では、撮影されたショットに以下のような役割が与えられます:
エスタブリッシングショット:シーンの冒頭に配置し、場所・時間を提示
マスターショット:シーンの基本として使いながら、他のショットを挿入
ロングショット/フルショット:状況説明や人物の動きを見せる
「引き」の画:全体像を見せたい場面で配置
同じロングショットでも、編集での配置や前後のショットとの関係によって、「エスタブリッシングショット」になったり、「マスターショット」になったりします。
まとめ:重なり合う関係
4.1 【画角の広さ】
エクストリームロングショット ← 最も広い
↓
ロングショット
↓
フルショット = フルフィギュア ← 全身が主体
4.2 【撮影・編集における目的・機能】
エスタブリッシングショット:編集時にシーンの導入として配置(通常はELS〜LSで撮影)
マスターショット:撮影時にシーン全体を記録し、編集時の基準とする(通常はLS〜
FSで撮影)
4.3 【日本語現場用語】
引き(名詞):撮影・編集の両現場でLS〜FS全般を指す広めの画角
引く・引いていく(動詞):撮影時に画角を広げる動作
重要なポイント
同じショットでも、撮影時の意図と編集時の使い方によって呼び方が変わることがあります。例えば:
撮影時:「ロングショットで全体を撮る」→ 編集時:シーン冒頭に配置して「エスタブリッシングショット」として機能
撮影時:「マスターショットを回す」→ 編集時:基準として使いながら他のショットを挿入
このように、画角(物理的な距離)と目的(撮影・編集における意図)は別の概念として理解することが重要です。撮影現場と編集室の両方で使われる用語を理解することで、映像制作の流れが見えてくるのではないでしょうか。
【この記事について】
本記事は、名古屋の映像制作会社・株式会社SynAppsが執筆しました。私たちは名古屋映像制作研究室を主宰し、映像制作のノウハウ集、カット割りとカメラワークと編集、映像制作用語辞典、多様なビジネスフィールドの知見と映像提案、といったBtoB映像制作のための知見を集積して、名古屋から日本のBtoB映像文化を育てる、新しい知的拠点を目指しています。
【執筆者プロフィール】
株式会社SynApps 代表取締役/プロデューサー。名古屋を中心に、地域企業や団体のBtoB分野の映像制作を専門とする。プロデューサー/シナリオライターとして35年、ディレクター/エディターとして20年の実績を持つ。(2025年11月現在)




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